洒落本に出てくる落語家

部屋の掃除をしていたら、
面白い落語メモが出て来たので、
こちらにも載せます。

洒落本は、
江戸時代の遊郭のガイドブックというか、
情報誌というか、そこを舞台にした戯作本で、
口語文が多く、ライトノベルっぽい(読みやすい)
のが特徴です。



ちょっと前に、
京都弁で「~さかい」は使うのかどうか、
口語文を主に使っている洒落本を読んで
確認しようと思ったことがありまして、
(実際、使っていたみたい)
その際に落語にまつわる文章を見つけ、
メモを取っていました。


『洒落本大成』第29巻より
「意気客初心」

天保7年に出版された、
京都の山月庵主人
という人が書いた洒落本で、

P84 「扇子(あふぎ)」項、

『~但し此下(このした)に
松(しょう)といふ字を付(つけ)ると
咄家の首魁(かしら)となり・・・』

扇の下に松を付けると、
噺家のお頭になる、と。

扇松という噺家は全く知りませんでした。
で、wikiで調べてみたら、
上方に居た江戸噺家・寿遊亭 扇松
という名前が出て来まして、
初代桂文治の娘婿だったそうです。

扇松は、早くに亡くなったらしく、
後家になった初代文治の娘は、
扇松の弟子・扇勇に嫁ぎ、
扇勇が三代目文治の名を継ぎます。
それで江戸に帰ってしまう、と。
(ちなみに上方にも三代目文治が
登場するようになるので、
江戸の三代目文治と言います)


・・・えーと、
じゃあ、扇松が早く死ななかったら、
彼が三代目文治になってた、
ってことですよね。

・初代桂文治…定席の寄席を作った人。
→上方落語中興の祖。
・二代目文治…初代の長男。
・江戸の三代目文治…初代の娘を娶った扇勇。


寿遊亭 扇松という人は、
『古今東西 落語家事典』
にも、ほんのちょっぴりしか書かれていません。

索引小事典―江戸・東京(P428)

『扇松〇【寿遊亭?】本名未詳
(?~?)〔天保以前?〕
①(←初代という意)扇橋の門人。音曲師。上方へ行き、①文治の娘・幸の婿となる。扇松没後、後家の幸は門人の〇扇勇に嫁して、のちにこの〇扇勇が③文治をつぐことになった。
(この後、扇松は二人ないし三人あった模様だが、はっきりしない)』


扇松の師匠は、
初代 船遊亭 扇橋といって、
初代 三笑亭 可楽の十哲の一人です。
(江戸の落語事情には詳しくないのですが、
かなり著名な噺家さん)


上方でひとはた上げよう!
と江戸からやって来た扇松。
その時、亭号は寿遊亭になっていたのでしょうか。

初代文治の娘と結婚して、
これからという時に亡くなったと思われます。
京都の洒落本に
『~但し此下(このした)に
松(しょう)といふ字を付(つけ)ると
咄家の首魁(かしら)となり・・・』
と書かれたくらいですから。


疑問が残るのは、
二代目文治が亡くなって、
扇勇が三代目文治を襲名したと
考えられるのが文政10年(1827年)頃。
本が出たのは天保7年(1836年)で、
本の出る9年以上前に扇松は死んでます。
9年以上前に死んだ噺家の名が
どうして洒落本に書かれたのでしょうか。
それくらい印象に残っていた噺家さんだったのかも
しれません。


ちなみに、洒落本「意気客初心」についてのメモ。
「おもしろい本、読みやすい。
作者の山月庵主人は落語が好きみたい。
小咄を文章にはさむことが多い」

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