第21回 紅雀の

2015年8月25日(火)大阪・鶴橋/雀のおやど

桂 米輝  「道具屋」
桂 紅雀  「くしゃみ講釈」
桂 ひろば 「佐野山」
桂 紅雀  「義眼」(ネタおろし)


久々の落語会、はじめは皆が笑っているところで笑えなくて「アレ?」って思ったのですが、いつの間にか声を出して笑ってました。紅雀さんの落語で笑える幸せ。ジーン
佐野山が泉佐野市の前身佐野村出身というくだりがあったように思うのですが、馬生さんの速記と違ってて、これは南光さんが加えた設定なのでしょうか? 



この日は台風の日で、
お客さんはちょっと少なめ。
女性のお客さんの割合がちょい多めでした。

台風が来るぞ!
と覚悟して出かけたものの、
会場の「雀のおやど」に入る時は小雨で、
落語中に大風の音が2、3回聞こえただけ。
会が終わって帰るころは小雨になってました。

受付で11月の独演会のチケットを手に入れ一安心。


開口一番は、米輝さん。
マクラが上手、というか達者です。
段々引き込まれるような雰囲気。内容は、
某大学でお仕事した時の教授とのやり取りでした。
ネタは「道具屋」。
ついつい紅雀さんのと比べてしまいます。
(南天さんの時も比べてしまったので重症です。)
主人公とお隣の下駄屋さんの見分けが
付きにくかったような。
やることなくてぼーっとしてしまう主人公が
可笑しかったです。
以下、メモ
・電気スタンドのくだり無し。客は全員男。
・元値を言ってしまう主人公。指の抜けなくなった人、
高額をふっかけられてツッコムくだりが面白かった。


お次は紅雀さん。
マクラがとっても長くて、まさか「くっしゃみ講釈」に入るとは。
助走が長かった分、噺の冒頭からエンジン全開(という印象)。
マクラの内容は、8月前半はお仕事が少なくて、
後半から連勤で体がつらい、というもの。
小咄を教わったばかりの人が、ついオリジナリティを入れてしまう
というくだりが面白かったです。釣り道具を出す紅雀さんの仕草が新鮮。オリジナリティを入れた名も知らぬ方に感謝したいです。
大喜利を教える担当は、高津落語研究会で慣れたひろばさんだったとのこと。
 「くしゃみ講釈」は久々でした。
はじめは皆が笑っている所で笑えなくて
(沢山聴き過ぎたせいか?)
ふっと笑えた時は、胃と食道が揺さぶられた感じがしました。
紅雀さん以外の噺家さんって、気軽に笑えるんですが、
いつも肩で笑ってるんです。(肩パットつけてるみたいに揺れる)
 講談のタタキ、
右手のタタキが上がった状態で一区切りついたので、
あれ? と思い、叩き方変えたのかなあと思ってました。
「義眼」のマクラで紅雀さん曰く、一回リズムが外れたら、ずっと外れっぱなしだった、と。
私は右手のタタキ以降は何とも思わなかったのですが、叩く手がずっと変わってたということなんでしょうか。そのせいかもしれませんが、後藤一山がくっしゃみをした後に「ほしょしょしょ」って言う時の姿勢が、ちょっと浅かったかなあと(どこまで細かいところを見ているのか)。一山がギブアップするタイミングもちょい早めでした。紅雀さんはずっと違和感を抱えたままだったのかもしれません。勉強会は実践の場で次の課題を見つける所ですから、まあまあまあ、といった感じです。それにしても凄いレアなものを見てしまった…。地域寄席では絶対に見られない光景です。(でも私は地域寄席の方が好き)。


お次は、ゲストのひろばさん。
マクラは、紅雀さん兄さんとお仕事をする機会が昔から多くて…だったかな? ずっと以前(話しぶりからしてかなり若かった頃)、空回りする兄さんを見たというお話を。「上燗屋」で受けなかったので、噺を終わらせず「替り目」に噺が移った、と。(紅雀さんって上燗屋持ってたんだ! という衝撃)。
 ひろばさん、袴姿だったので、お相撲さんが出てきそうなマクラになると、勝手に「幸助餅」だなと思ってしまいました。まさかの「佐野山」。紅雀さんも講談ネタで、ひろばさんも講釈種のネタ。南舟さんがお手伝いに来ているとのことだったので、プロの講談師の目にはどう映ったのでしょうか。ちょっと気になる。
 噺そのものは、冴えてるなあ! といった印象でした。
「佐野山」は馬生さんが持っていて、帰ってからCDを聴きました。
そしたらやっぱり、佐野山は大阪の泉佐野市の前身・佐野村出身ではなくて(そりゃそうだ!)。馬生さんの「佐野山」は旦那衆の他にお金の無い町人までお金を出そうと言い出して、一時わやわやします。(そこがとっても落語っぽい)。上方の「佐野山」は、そういったワヤワヤ感が少なくてストレートな印象を受けました。
メモ:佐野山はお相撲さん言葉を余り使わない(大阪生まれのせいか?)。でも、「お金を出そう」とお客さんが登場してから急にお相撲さん言葉になった気がする。


最後は、紅雀さんのネタおろし「義眼」。
マクラは、えーと、「くっしゃみ講釈」のマクラと混同してるかもしれません。若い頃、珍しい病気にかかって、師匠の奥さんに付き添われて病院へ行った話。紅雀さんのwikiに「療養していた」くだりがあって、その時代の話かなあと思って聞いてました。メモ:師匠の奥さんの天然発言。
 今回のネタおろしは、
紅雀さんが湯呑のくだりをすっぽり忘れてしまって、
それに気づいた紅雀さんが、後半の主人公になったとき、
ぐだぐだに酔っぱらいながら「どうしようかなあ」と
ぼやいてました。
私は心の中で「地の文でいつでも入れれるやん!」と絶叫(おいおい)。
というのも、「義眼」の正テキストは湯呑みを噺の前半に出すのですが、
その小道具が明らかに目立つ伏線なので、浮いて聞こえるんです。
噺が進む間、頭の片隅にずっと「湯呑み」がひっかかって、
噺を聴くのに集中できない。(私だけかも)
 そんなバレバレな小道具を噺の前半に出すよりも、
いっそ後半の主人公が、隣の部屋に行こうとする手前に、
地の文で「実は枕元に湯呑みがある」と言った方が、
心に引っ掛かる時間が短くて済みます。
眼科医が義眼の使い方の説明書を渡したら、
こういう流れになるのでしょうか…?
 湯呑みをすっぽり言い忘れたことよりも気になったのは、
後半の主人公が、寝ている義眼の男の部屋を覗いた時、
こいつ片目がへこんでいておかしい! と眉をひそめたことでした。
薄暗い中、顔の細部まで見れるものなんでしょうか。
私は南光さんの後半の主人公が、ちらっと隣の男の寝顔を見て、
「(男前とか言われてたけど)しょーもな!」と、
やっかみ半分に言うやり方の方が好きです。
でも紅雀さんがこの台詞を言うと何だか似合わないかも。
 こういう噺の違和感や引っ掛かりは、何回か聞いている内に解消されることが多いので、ちょっと様子見します。

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