初代桂枝雀「滑稽説教 芋の地獄」の速記修正版

『落語レコード八十史』(下巻)に
載っていた速記を読んで、
自分で作った速記を修正しました。

どうしても納得できない部分があるので、
そこは、そのまま残しています。



赤文字は『落語レコード八十史』(下巻)の速記を読んで、
そちらに合わせて修正した部分です。
青文字は、同書を読んで、レコード音源を聴いても
納得できず、そのままにした部分、
本の速記とは違う部分になります。
紫文字は、同書の速記をヒントに、別の言葉を導き出した部分。
本の速記とは違う部分になります。

修正前の速記は、
「「芋の地獄」速記」という記事内にあります。
説教の意味や噺の内容についても
つらつらと書いています。

参考
レコード音源
「芋の地獄」(You Tube レコード画像無し版)
「芋の地獄」(You Tube レコード画像版)


滑稽説教「芋の地獄」  初代 桂 枝雀

えー、芋が地獄へ行くというお説教を申し上げます。

なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ……
なむあみだァーーアぶ、
なむあみだぶ、なむあみだぶ。

うーじーゅ  びゃくーそくー  そいんは(?)
第十八の願(ぐわん)の心をうるなり。
すなわち この願の心をうるというは、
南無阿弥陀仏の姿をー心をうるなりーとー。
なむあみだぶ(×3)


さて、どよじゅん(?)

あの里芋でも小芋でも、煮て食(く)りゃ
随分にも まえもうし(前申し?)じゃが
生でバリバリバリっ やってごろーじ(※本の速記では「御覧(ごらん)じろ」)。
口も腹も喉も えぐーて えぐーて
たまるやつない。

の えぐい芋じゃけれども、
春の彼岸に植えられて、夏しばらくというものは、
夜は夜露を溜めるやら、昼は日傘を差すやらして、
ずいぶん葉を大きゅうして、ぉしていたけれども、
秋の彼岸が終わりとて、
蒸されて干されて、
ずい(気)の毒な身の上になってしまうのじゃ。

えーかな?!

♪ 九十月が芋の味わいざかりとて、
を売り回られる
五濁悪世の若人(にゃくにん)なれば、
悪人女人に五銭三銭貫(がん) 買い取られ、
鍋の中にはやーすい魚の煮汁をため
ころ(※意味不詳)の下には
三悪道(さんまくどう)の割木が
どうどうと燃え上がる。

♪ 芋は鍋の地獄へ落ち込んで、
くらくらくらと煮え返るを、

よりも杓子(しゃくし)如来がご覧じて、
「我、衆生をすくわずんば、
身は杓子という正覚(しょうがく)は取ろまいずる!
若不生者(にゃくふしょうじゃ
不取正覚(ふしゅしょうがく)
!!」

鍋の地獄へ飛び込んで、
すくい上げては、
南無阿弥陀仏。

茶碗の輦台(れんだい)(※江戸時代、川を渡るとき、旅の客を乗せた台。板に棒二本を挟むように括り付け、人夫が担いだ。御輿(みこし)のようなもの)へ
乗らせたまえば、
箸の御両所(※二人という意味)が受け取って、
奥歯に 当てて
かむあみだぶ、かむあみだぶ。


けったいなお説教もあったもんで。

えー、お時間の都合がござりますので、
これでご免をこうむります



また修正するかもしれませんが、
上記が私の最新版です。

メモ
噺の中の仏教に関する矛盾点(ツッコミ)

・杓子如来は「薬師如来」の洒落だと思うが、
噺では「南無阿弥陀仏」と
阿弥陀如来の名を唱えている。
・さらに「若不生者 不取正覚」は、
悟りを開く前の菩薩が言った言葉で、
如来の言葉では無い。

四十八願(ウィキペディア)参照。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
月別アーカイブ