間がいいソング(大正~昭和初期)の考察

個人的には大発見なんですが、
『初代桂春団治落語集』を読んでいたら、
「宿屋かたき」という噺の中で、

ナンテマガインデショ・・・

と出て来ました。
これは「間がいいソング」という、
明治末頃に流行した唄です。
(ネット情報では明治43年)



初代春団治の「宿屋かたき」の
音源元を探ったら、
どうも、大阪府立中央図書館にある、
「初代桂春団治20 (春団治三代)」
というCDに収録されているようです。

CDの販売年しか分からなかったので、
図書館にレコードの販売年を問い合わせたら、
解説書に
「大正10年代から昭和初期のレコード」と
書いてあるらしい。

初代春団治は、時事ネタを落語に取り入れるのが
上手い人でした。
明治末頃に流行した歌を、
大正10年代から昭和初期のレコードに吹き込むでしょうか。

実は、柳家金語楼の「皿屋」速記(昭和2年)にも、
「嫌だ 嫌だよ ハイカラさん・・・」
と出て来ます。
これも「間がいいソング」の歌詞の一部です。
金語楼も時事ネタを取り入れるのが
上手い噺家でした。


間がいいソングって、
息の長い流行歌だったんですね。
(再ブームが起こったのかもしれませんが)

歌の1番や2番は明治末頃に作られたのではないか、
と思います。
「芸者は万竜」や「ハイカラさんは嫌だ」が
出てくるので。

ただ、歌の4番は
♪ 飛行機 にらんで 地団駄踏んで 銃剣片手に 涙ポロポロ
といきなり戦時色の歌詞になります。
 飛行機が戦争に使われたのは、第一次世界大戦からでした。
欧米に比べて日本の飛行機技術が未熟だった頃です。
青島の戦い(wiki)では、日本は勝利をおさめますが、
戦いの前半は、ドイツ軍の飛行機にかなり翻弄されたようです。


もし、「間がいいソング」の第4番が、
第一次世界大戦の「青島の戦い」を機に作られたとしたら・・・
と想像が膨らみました。


勝手な推測ですが、
明治末頃に「間がいいソング」が流行

大正3年の第一次世界大戦の青島の戦いで、
日本がドイツ軍に翻弄されたことを歌った
「間がいいソング」の第4番が生まれ、
歌が再流行した。

大正10年代~昭和初期、
初代春団治、金語楼の落語にも
歌が登場するようになった。


大正3年から同10年代まで、
えらい年月が経ってますね・・・。
「間がいいソング」の4番が作られたのは
いつ頃なんでしょう?

また何か分かり次第、追記します。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
月別アーカイブ