膝栗毛

久々に東海道中膝栗毛をつまみ読みしたら、
意外と面白くて、今、初めから読んでます。

初代文枝はきっとこの本を読んで三十石を
作ったのでしょう。



伊勢参りの道中、男の子相手に
ヤジさんが嘘をつきまくるくだりが面白くて、
これから抜き出そうと思います。

現代かなづかい&現代送りがなに直し、
句読点&括弧を少し付け足すだけで、
けっこう読みやすいように思うのですが、
それにもちょっとチャレンジしてみます。




(中略)

この宿のはずれより、十二三才ばかりの伊勢参り、
(弥次さん北さんの)後になり、先になりて
イセ参り「だんなさま、壱文くれさい」
弥二「遣ろうとも。てめえ(国は)どこだ」
イセ参り「わしらぁ、奥州(おうしゅう)」
北八「奥州は何処だ」
イセ参り「笠に書いてあり申す」
弥二「奥州信夫郡(しのぶごおり)、
幡山村(はたやまむら)長松(ちょうまつ)。
ムム、幡山か。
おいらも手めえたちの方に居たもんだ。
幡山の与次郎兵衛どのは達者でいるか」
イセ参り「与次郎兵衛という人さア知り申さない。
与太郎どんなら、わしらが隣さアにあり申す」
弥二「おお、その与太郎よ。
そのまた家(うち)に、のん太郎という、
年寄のぢいさまがあるはずだ」
イセ参り「ぢいいは、あり申す」
弥二「そして与太郎どののカミさまは、確か女だっけ」
イセ参り「おかっさまア女でござり申す。よく知っていめさる」
弥二「今じゃア何と云うか知らねえが、
おいらが居た時分は、名主どのは、熊野伝三郎と云ってな。
そのカミさまが家に飼っていた馬(むま)と色事をして、
逃げたっけが、どうしたしらん」
イセ参り「それよさア、よく知っていめさる(いなさる)。
庄屋どんのおかっさまア、家の馬右衛門という男と、
つつぱしり(駆け落ち)申した」
北八「イヤ、妙、妙」

弥二「こりゃ、小僧よ。何故、後へさがる。くたびれたか」
イセ参り「わしは、ひだるくて なり申さない(腹が減ってどうにもならない)」
弥二「餅でも買ってやろう。来い、来い」
と、五文餅、五つ六つ買ってやりながら、
いよいよ図に乗り、
弥二「何と小僧。よく知っているだろう」
イセ参り「アイアイ」
と、餅をしてやる。(むしゃむしゃ食べる)。
この内、連れの伊勢参り、これも十四五の前髪、
後から呼びかける。
「おーい、おーい。長松(ちょま)やい。長松やい」
やっこの(十二三の方の)伊勢参り「来(き)さいの、来さいの」
ツレ「うぬしゃア(おぬしは)餅をよオ。俺にも、くれさい」
イセ参り「先へ行く人に買ってもらえ。
あんでも(何でも)あの衆が、国さアの話をするを、
オイオイ(はいはい)と言っていると、
直(じき)に買ってくんさるはちゃア」
ツレの伊勢(参り)「おい、うらも(わしも)買ってもらうべい」
と、駆け出して弥二に追い付き、
「わしにも餅よヲ、買ってくれさい」
弥二「てめえ(国)は何処だ」
と、笠の書き付けを見て、
(弥二)「ハハア、これも奥州、下坂井村。
コレ、てめえの村に、与茂作(よもさく)という親父があろう」
(ツレの)イセ参り「先(ぃ)餅よヲ、買ってくれさい。
そうせないけりゃア、こんた(こなた=あなた)の言うことが当たり申さない」
弥二「置きやアがれ。ハハハハハ、ハハハハハ」
北八「こいつは、かつがれた。ハハハハハ」
と打ち笑いて行くほどに……。


話の落ちがとても可愛らしくて、
何だか落語に出て来そうだなあと思った場面です。
こういう落語、どなたか知りませんか。
作者の一九は、膝栗毛を書くにあたり、
落語(本)をかなり参考にしていたようです。

上方に初代桂文治が登場し、
寄席小屋の興行を成功させてから落語の噺が長くなった、
と言われていますが、寄席小屋そのものは、
彼以前にも断続的にはあったようですし、
どの程度、噺が長くなったのか、
初代文治が登場する前に書かれた「膝栗毛」に
埋もれた落語ネタを掘り起こせば、
なにがしかのヒントになりそうです。

私が想像するよりも、ずっと長めの落語噺が
文治以前からあって、
文治が出てきてから、もっと長くなったのでは、
というのが雑感です。

今のところ、見い出せた落語のネタは、
『持参金』(の構成そのもの)
『道具屋』(の一部・ぼらが素麺喰っている)
『餅屋問答』(の一部・ニセ坊主のでたらめなお経)
『矢橋船』(オシッコ飲むところ)(桑名船も?)
『三人旅』(?)馬子が歩きながらイビキをかく
『王子の狐』(ご馳走を前に馬糞尿かと疑う)
『七度狐』(の一部・川に石を投げる>狂言から来た工夫っぽい。また怪談話の途中で、「雨が降ってきましたな」と話し手が言う)
『ちしゃ医者』(本では「住吉駕籠」をヒントにしたか、と書いてあったが、「膝栗毛」では駕籠に穴が空いて、前後の駕籠かきの褌で座る所を作る。駕籠に穴が空いて、木材を渡して座る所を作る「ちしゃ医者」の方が近い)

一九が、落語(本)を参考にしたことと、
逆に、一九の「膝栗毛」が噺家に与えた影響も、
少なからずあると思います。それで、
落語がもっと長くなったのではないでしょうか。
(文治が寄席小屋興行を成功させて環境も整ったのでは)


「膝栗毛」の中に、
三十石船の客の様子が描かれているのですが、
それがどうも、ちょっと船頭さんの言葉遣いが、
妙に丁寧に感じるんですね。
一九の時代はこういう話し方だったんでしょうか?
この本は、確かに色んな方言が出てきて、
(それも取材されて書かれていた)面白いのですが、
京大坂の言葉を書き分けたと言われる一九も、
正確無比ではありませんでした。
 一般の大坂人は「膝栗毛」を読んで、
面白いと、喜んだでしょう。
でも、噺家は、面白いが、どうも納得できない言葉遣いがある、と思ったのではないでしょうか。
「三十石」の船頭はもっと粗っぽい言葉遣いだし、
船の中の様子も、もっと面白さを出せると思ったのでは。

東西の落語のキャッチボール説は、今回、
落語(本)(ネタ提供)

一九の『膝栗毛』(口語による風景場面描写)

文枝「三十石」(風景場面描写をより濃くしたもの)
こんな感じになりました。



「上方落語メモ」、
『桑名船』も『三人旅』も無い。困った困った。

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