兵庫船のフカ

7月の動楽亭昼席のチラシ
物凄く可愛いです。

↑ 米朝事務所のチラシ(フライヤー)紹介ページは、
ちょっとイラストが小さくて、分かり辛いですが、
兵庫船のフカ君が、煙管の灰を落とされているという
イラストです。

今まで、落語関係のイラストってあったかなあ。
これからは、こういうタイプのイラストにして欲しいです。




口をもっと開けて~って、
大きく口を開けさせてから、そこへ灰を落とすやり方も
あるようですが、
人間の娘に魅入るくらいのフカ君なのに、
どうしてそこだけ抜けているのでしょうか。

灰で撃退したというよりは、
それはきっかけに過ぎず、本当は、
かまぼこ屋のお兄さんの顔と啖呵で、
逃げて行った…という形の方が好きです。



明治時代の新聞に、
万屋小兵衛が、夜盗を日本刀で追い返したという
記事が挿絵付きで載ってました。
そして大阪府から褒められたそうです。
息子の屋敷も、夜盗が入る事件がありまして、
どうも脚色されて話が伝わってしまったようで。

・明治12年の大阪の新聞記事
万屋小兵衛は六十歳。夜盗は二人。
場所は伏見町。

・明治28年の東京の新聞記事
万屋小兵衛はお爺さん。夜盗は数人。
場所は玉造。
※この数人って言うのは、息子の屋敷に入った夜盗の数
と混同しているようです。

江戸時代で活躍が終わった商家と思ってた
「玉造のよろかん」が、明治時代の落語に入ってきた理由は、
新聞記事の活躍話がどうも怪しいです。
 あと、息子が大量の豆腐を
ケーブルカーで運んで流した? という話もあります。
一体何がしたかったのか分かりませんが、
俳人とはそういうものなんでしょうか。(違うと思うよ)



初代文枝の法要記事、
「落語家の隊長」っていう表現が気になります。
今は「名人」だったっていう話ですが、
隊長って表現はどうなんでしょう。
先頭を切って行くようなイメージですよね。

四天王が全員、明治時代に入ってから、
文枝の死ぬ手前になって弟子入りしているのも気になります。
こうなると、
明治三年頃に「三十石」を完成させたっていう説を
応援したくなりますね。
 明治に入るまで、文枝はそんなに有名じゃなかった。
でも「三十石」が大ヒットした。
だから四天王が弟子入りした。
というのが、私の推測です。

あと、初代文枝が、
凄い験(ゲン)担ぎだったという、
文左衛門(二代目文枝)の証言に吹きました。
可愛いなあ。
彼が文治を襲名しなかったのは、早世が続いたからだとか。

万屋さんと同じ墓所を選んだのは、
ゲン担ぎだったんでしょうか。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
カテゴリ
月別アーカイブ