テレビ滋賀プラスワン

紅雀さんがMCをつとめる「テレビ滋賀プラスワン」
動画が公開中です。


ツイッターで知ったのは、少し前だったのですが、
「お気に入り」に入れたらほっとして、
そのまま、映像を見ず…(汗)

やっと見始めたら、3分の2まで見たところで、
家族が帰ってきたりと、
(何故そこで中断するのか)
さきほど残り3分の1をようやく
見終わりました。



紅雀さんから、ただならぬ
昭和のオーラを感じるのですが、
これは衣装のせいなのか、セットのせいなのか、
紅雀さんのせいなのか。
リポータの女の子は平成! って感じ
なんですが。



それはそうと、
万屋小兵衛のお墓を見に行きました。
お参りをしたのですが、
よく考えたらローソクもお花も持って行ってない。
これは参った内に入るのでしょうか。

佐々木一族のお墓は、大きくて、
すぐに分かったのですが、
初代桂文枝のお墓が分からず。
「三十石」を質入れした人という知識しか
持っていなかったため、そのまま帰る所でした。

でも、ここまで来て帰るのもどうかなと、
思いまして、思い切ってお寺の人に尋ねました。
(お手間をかけてスミマセン・汗)

初代桂文枝のお墓は、
佐々木一族の裏手にありました。\(;^o^;)/
一つ一つ確認したはずなのに、
良く見るとちゃんと「桂(~~)文枝居士」って書いてある。
「初代小文枝(三代目文枝)さんのお墓は、
あの突き当りにありますよ。橋本と書いてある…」
「五代目さんも六代目さんもお参りに来ましたよ」
などなど、目から鱗な話を聞かせてもらいました。

ここに五代目さんと六代目さんが立ってたのかあ
と思うと、ジーンとしました。

勇気を出して尋ねて良かったです。
本当にありがとうございました!



帰り道、てくてく駅まで向かっている時、
ふと、どうして佐々木一族のお墓の裏手に
初代文枝のお墓があるのかなと、
思いまして。
(無縁仏群から見つかったそうで、
元あった場所から変わってるかもしれませんが)

この辺、お寺が沢山あるんですよ。
何で、万屋さんと初代文枝&三代目文枝の
お墓が同じお寺にあるのでしょうか。

初代文枝の生家は心斎橋で、
後になって上町辺りに引っ越してきたみたいです。
(で、近所に幼い三代目が住んでいたと)
(三代目は初代の隠し子説あり)


同じ檀家衆ということで、
ご縁があったのかな?
初代や三代目のご贔屓筋に万屋さんの関係者が
居たとしたら、「崇徳院」の中に、名前を出す
サービス(宣伝)をしてもおかしくないです。

明治生まれの四代目松鶴が、
江戸時代に栄華をほこった「玉造のよろかん」を
言い出した噺家さんとするには、
ちょっと無理があるのかもしれません。
(出来れば四代目松鶴が良かったんですが…)
(矛盾点が彼の代まで放置されたことになるので)

でもまあ、
万屋さんと初代文枝&三代目文枝のお墓が
同じお寺にあるということで、
その線も調べてみようかなと…。
 幕末から明治前期の噺家さんの歴史って、
ややこしそうだから、
ずっと調べるの避けてたんですよね。
改名したり襲名したり、
師匠変えたり(勿論それで名前が変わる)。
一線引くとか言って隠居名つけたり。
系図を書くと大変なことになりそう。


wikiの「崇徳院(落語)」に、
二代目南光から二代目三木助に噺が伝わった、
と、wikiに書いてあるのですが、
「上方はなし」の
何ページに書かれてあるのでしょうか…。
また探す旅に出かけそうです。
二回くらいは、崇徳院という文字だけを探して、
ページを繰ったはずなんですが。

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