玉造の歴史散策

「よろかん」を探すべく、
玉造の歴史ガイドさんにお会いしたいと思ったのですが、
5名以上、人を集めないと来てくれないそうで、
玉造の歴史散策に来てくれる人を募集しています。

今のところ、ぴーまさんと私の2名しかおらず、
ガイドさん付きの歴史散策へ出発できる見込みが立っておりません。

どなたか奇特な方、二軒茶屋とか、えーと、
ガラシャとか、真田幸村のお話や、彼らに縁のある石碑遺跡など、
興味を持たれましたら、ご一報ください。参加費は無料です。
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)



ガイドさんは、玉造稲荷神社の宮司さんではなく、
(よろかんをご存じなかったので)、
東野さんという方にお願いしようと思っています。

玉造を応援するサイトに紹介されていました。

中央区のHPにも載っていますが、古代から現代まで、
お話できる方のようです。


しかし、よろかんをご存知なのだろうか…。
それ以前に人が集まるのでしょうか。

いっそのこと、猫間川のHPの管理人さんにメールして、
一緒に参加しませんか?
と、言いたいくらいです。
しかし六人目として呼ぶのなら兎も角、
三人目として呼ぶと、散策に行けなくなった時に
大変申し訳ないのでまだ堪えています。



玉造の豪商「万屋小兵衛」は、「よろかん」ではなく、
「万小」と呼ばれていたそうです。
その文献(というか本)を見たとき、
心が折れそうになりました。
よろかんって一体…。

鴻池さんと比べて「万屋小兵衛」の文献が少ない気がします。
大坂の大商人にまつわる本を読んでみようかな。

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やっぱり架空の人物?

こんだけ見つからんと、なんか違う方向からアプローチしたくなってしまいます。
よろかんの出てくる文献って口述筆記ですよね!ということは、書き間違え(聞き間違い)があっても全然不思議じゃないわけです。
なんか、やっぱり、淀屋が気になります。でも、玉造じゃないし、歴史的にもずっと前やんな。
淀屋个庵が気になっています。よどやこあん=よどこあん=よどかん=よろかんと聞き違え?
二代 淀屋言當、四代 淀屋重當、五代 淀屋廣當の3人が个庵を名乗っています。時代的には江戸初期の人物ですが、西鶴や近松が題材として取り上げているので、後世にも伝説的な豪商として名が知れています。
善次郎は江戸末期から昭和初期の実在の人物、これに対比するなら本来住友か、三菱財閥の岩崎が出てきてもおかしくないのですが、鴻池も遡れば江戸初期からの名家であることから、同時期に台頭した淀屋个庵を配したと考えたいのですが。
でも、どう考えても、玉造じゃないのね(>_<)

やっぱり架空なんでしょうか

玉造稲荷神社の宮司さんがご存じないというところからして、
謎の深さを物語っている気がします。

口述筆記についてなんですが、戦前の「崇徳院」は、
二代目三木助の速記と、
四代目松鶴の速記がありまして、
四代目の方が、若干、手入れしている跡があるんですね。
 二代目三木助は、冒頭に「お処は船場で…」と
言ってしまい、なのに、物語の終盤で、
若旦那の家が“玉造のよろかん”と言っています。
若旦那の家が「船場」にあるのか「玉造」なのか不明で、
言葉として矛盾していますね。
 ところが、四代目松鶴は、冒頭の「お所は船場で…」と
言っていないんです。最後に、
若旦那の家が「玉造のよろかん」と言うので、
三木助のテキストの矛盾が解消されているんですね。
それに、四代目の熊五郎のおかみさんの方が、ちょっと口が悪い(笑)。
 三木助は、若い頃に手がけたネタっぽい印象を受けますが、
四代目は、ベテランになっても持ち続けた感触があるんです。
 速記の内容が僅かながらも進化しているので、聞き間違いや書き間違いが
ある可能性は低いように思うのですが・・・。

 それにしても、ぴーまさんって物知りですねえ!
淀屋さんってそんなに有名だったんですか?
淀屋橋を作った人っぽいですね。
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