第25回 雀の学校

2010年12月14日(火)

桂 雀太  「時うどん」
桂 紅雀  「禁酒関所」
桂 雀五郎 「初天神」
~中入~
桂 文我  「お楽しみ(猫の皿)」
桂 まん我 「寝床」


久々に紅雀さんの禁酒番屋を聴けました(^O^)
下記は過去の日記から抜粋したものです。
2010/12/15 (Wed.) 19:25:39

 恥ずかしながら1時間休を取得して、行ってきました太融寺。六時過ぎくらいに会場に着いたのですが、にこさんの姿が見えず…まさか?!と、思いきや、お手洗いに行っている間に、にこさんが到着されてました。^^;まん我さんがトリをつとめる日ですから、来ないはずはないですよね。


桂 雀太さん「時うどん」
 マクラは、なにわ探険クルーズのもの。「ゲゲゲの女房」の関係者の方が偶然船に乗り合わせたのですが、周りのお客さんは負けず嫌い?で私も俺もという展開に。「ここまでくると、負けず嫌いの噺をするのかなと思われるでしょうが致しません」と、鮮やかな切り返し。若手と言っても流石噺家さんやなあと思いました。
 「時うどん」は、今と時間の数え方が違うので、と江戸時代の時間の説明を。扇子をたたんで、端っこを持ち、ぶらぶらと時計の針代わりにしました。12時ぐらい~1時ぐらいが九つ刻で、二時間ごとに数字が減っていきます。2時ぐらい~3時ぐらいが八つ刻。おやつという言い方はここから来ているのだとか。4時~6時ぐらいを七つ刻、6時~8時ぐらいを六つ刻、8時~10時ぐらいを五つ刻、10時~12時くらいを四つ刻。四つで終わってまた九つに戻ってきます。こんなに丁寧な時間の説明を受けたのは初めてでした。^^
 「時うどん」は二人客バージョン。吉朝一門は一人客バージョンだったような。面白いのは、かまぼこと見せかけた麩に対するくすぐりの違い。佐ん吉さんは「忍者の様にべたーっと張り付いていて分からなかった」。雀太さんは「金魚やあるまいし、麩なんかよう食わん」→出されたうどんの中に麩が入っていたと知るや、「金魚の気持ちになってみたかったんや」と。うどん屋のおやじさんは、大概は、一人二役をする奇妙な客に青い顔をして「お医者さん呼びましょか?!」と言います。雀太さんもその台詞があったのですが、おやじさん、ちょっとクールな人で、主人公が八文だの七文だのと言い出すと、「そろそろあんた(の行動)に慣れてきましたんやが、うどんの値だけは譲れん」と言うんですね。新鮮でした。それから、やっと雀太さんが叫ぶところを見れました(^^)。「ガーッ」って叫んでました。良かったです。音痴なうどん屋さんも初めて見ました。
 主人公が「昨日と同じようにせなあかん」と強くこだわる理由は喬介さんの時うどんを参考にしてくれたらなあと思います。


桂 紅雀さん「禁酒番屋」
 マクラは海老蔵さんのニュースに関して。歌舞伎役者のたとえに何故か“気は優しくて力持ち”と山田太郎(たぶんドカベン)の名前が出たのですが…あれは一体(?_?)。灰皿でテキーラが飲めるのか家で試したんだそうです。奥さんは何も言わなかったのでしょうか(笑)。
 禁酒番屋は一年ぶりくらいに聞きます。去年の11月に2回聴いてそれっきり。お侍の動きがとても楽しかったです。「てえいッ」と勢いで町人を下がらせる場面や、お酒を飲むところ(眉毛が人形みたいに上下する!)。全体的には満足できたのですが、話の後半から駆け足気味に感じられて(油徳利のお酒をさーっ呑んでしまったような)、話が終わっちゃうと思ってしまいました。おしっこを飲むくだりも、もっと引っ張っていいのになあ。だって一大イベントですよ。おしっこ飲むなんて。新酒は黄色がかって多少泡立つ事もあるというのも、知らない人が多いのでは。侍がうっかり口を付てしまうにはそれなりの理由があるんです。
 それから久々に見た紅雀さんの演じる定吉。うーん、意外と普通かな…。「カステラを買って、みんなで食べて、カステラの入っていた大箱に徳利を入れて運べばいい」という台詞は、彼の子どもらしい知恵が詰まっています。どさくさに紛れて高級お菓子を食べようという(笑)。私が番頭だったら、カステラの箱だけ借りて来いと言ってしまいそう。三回目となると欲が出てきますね。何となくだけど、完全なフルバージョンの禁酒番屋ではなかった気がします。でも、凄い心が潤った良い一席でした。やっとオアシスに辿りついた気分です。徳利の栓を抜いて、注ぎ口に鼻を近づけ、酒の香りにニヤリとする紅雀さん、良かったなあ。


桂 雀五郎さん「初天神」
 以前から、評判の良い雀五郎さんの「初天神」をやっと聴く機会に恵まれました。期待が大きすぎたのか、…あれ?という印象。こんなはずはない、と聴いている内に焦って来ました。うっすらと透明の膜がかかっているように感じるのです。寅ちゃんは勿論可愛いのですが、クリティカルヒットというか、私の心の芯まで届かないんですね。(紅雀さんの一席で観る力を失ったのか…)。理由として思い当たるのは、「雀五郎強化の会」で出した「初天神」で燃え尽きてしまったのかなという事でした。噺家さんと「噺」って、やっぱり程よい距離関係が必要で、頻繁に繰り返して「噺」を披露してしまうと、噺家さんが「噺」に対して新鮮な気持ちを徐々に持てなくなるのではないかと思っています。噺家さんにもよるのかもしれませんが…。「噺」に取り掛かる噺家さんの身の入れ方、未知なるものを触るという喜びが擦り切れてしまうのではと。聞いていてドキドキできなかったのは、無意識に鯛蔵さんのものと比べてしまっていたのかもしれません。お父さんがどうしても若く見えてしまう点は同じだったのですが。
 そう言えば、父親の言葉遣いが少し荒っぽいところが気になりました。昔の大阪の父親ってあんな感じだったのかな…。将来、寅くんが同じような口調になるのかなと思うと(想像し過ぎ)。もう少しお父さんらしい喋り方をすれば、お店やイカのくだりで、大人気ない行動が映えるような気がします。
 それから、格子戸のお店で、お母さんが寅ちゃんにお菓子を二種類、時間を置いて渡すのですが、三種類の方が、お父さんの用事が済むのに相応しい時間が経ったように思えるのではないでしょうか。金平糖、いかき豆の次は、固くて美味しくないという理由で寅ちゃんがごねて、おかみさんが煎餅を出すことがあるように思います。細かくてすいません、あそこはやっぱりドキドキしたい場面ですので(汗)。


桂 文我さん「猫の皿」
 四代目文我さん、三代目の思い出をマクラで語ってくれました。三代目のお姉さんのキャラクターが強烈で、落語に出てきそうな人だなあと思いました(笑)。米朝さん御用達の鍼灸師でもあった三代目のお姉さん、腕よりも喋り方がポイントだったと。お姉さんが米朝さんの肩に触った瞬間の口ぶりや仕草を再現する文我さんが可笑しかったです。
 「猫の皿」は、凄く短いお話でした。去年はたっぷりと「田舎芝居」を語ってくれたので、拍子抜けした気分。事務所から圧力がかかったのでしょうか…。前回の九雀さんといい、異様なまでの短さ。南光さんだけ特別扱い?何だか納得できません。
 ええと、猫のにつける値段は一万円よりも一両の方が良かったです。


桂 まん我さん「寝床」
 文我さんが噺を短くした理由は、まん我さんを思いやっての事でしょうか…。(それでも皆それぞれのマクラを少しずつ短くすれば、文我さんの出番はもっと増えたのでは?)「寝床」は「素人浄瑠璃」を少し長くしたお話です。南光さんやこごろうさんは「素人浄瑠璃」というイメージがあるのですが、笑いを本命にした「素人浄瑠璃」をするか、それとも余韻を残す「寝床」を取るのは噺家さんのタイプによって違ってくるのかなと思います。
 実は米二さんの「寝床」がすっかり私のスタンダードになっておりまして(CDを持っているのですが生では見たことありません)、まん我さんの「寝床」を聴きながら、あの台詞が無いとか、ほんと余計なことを考えてしまいまして、純粋に噺を楽しむ余裕がありませんでした…。逆に、米二さんの「寝床」にはなかった台詞も発見しまして、米二さんの「寝床」は私の中でパーフェクトなものでは無くなってしまいました(>_<)。
 「寝床」の最後に、丁稚の定吉が出てきます。まん我さんの「寝床」には、それまでずっと丁稚さんが出てこなくって(たぶん)、この浄瑠璃会が、子どもも聞かす対象になっているのかどうか、分かりづらいのです。「奉公人に私の浄瑠璃を聞かせます」という台詞はあるのですが…。米二さんの「寝床」では、丁稚さんが集団で皿をワザと割って、自ら蔵に入り、旦那さんの浄瑠璃を聞かないで済むようにする場面があります。「子どもに菓子ばかり食わす長屋の連中がいて、あいつらは、もう会に呼ばなくてもいい」という台詞も冒頭に。オチでいきなり子どもを出すのではなく、ストーリーに参加してもらえたらなあと。
 逆に米二さんの「寝床」でなかった台詞は、旦那さんぶち切れシーンの、どこからともなく旦那さんを責める声のあり方です。米二さんは、天から降ってくるような声にしていますが、まん我さんは「どうせ店の連中が隠れてどこかにいるんやろ」とかなり具体的。用意した料理を「犬に食わせてしまえ」と云う台詞も米二さんにはなく(恐らく)、こちらの方が、私の好みです。
 それから、サゲに入る直前の台詞も、まん我さんの方が丁寧でした。米二さんの「寝床」を聴いて、私は「旦那さんの唄っている場所が定吉のいつも寝ている場所」だと思っていて、それで唄の毒が染み付いてこれから寝られなくなると、定吉が泣いているのだと思っていました。浄瑠璃を披露するような立派な場所で丁稚さんが寝るのもおかしいなあとちょっと違和感はあったのですが…。(凄い勘違い)。皆、場所を占領して寝てしまって、自分だけ寝るところがない、あるとすれば、旦那さんの唄っている場所だけだと、それで泣いているという事は、今回で初めて知りました。サゲの部分はまん我さんの方がずっと丁寧です。
 紅雀さんの「替り目」同様、まん我さんの「寝床」も、初老男性の哀愁とそれゆえの滑稽さは、やはり米二さんには及びませんでした。ちょっとボケ始めたのかな?と思わせるリアリティというか…。でも、その年になって急に噺が出来るはずも無いですし、今からしっかりと経験値を積んでいくのだなあと思いました。
 それにしても、まん我さんのトリはいつも評判が良いですね。会場を出たところで、「まん我さんの寝床よかったわ~」と言っている人が通りすぎて、それが本当に、ぽろっとこぼれた心の底からの言葉のように感じられて、凄いなあと思ってしまいました。にこさんは「当然!^^」と。ううう羨ましい…。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
月別アーカイブ