「子はかすがい」のメモ

モーレツ落語会の感想を読んでいると、
南天さんが米紫さんと同じ型の母親だけが出て行く内容を
お話されたようで、
喜丸さんの型が後輩に伝わっているのかなあと、
しんみり思いました。

私は、喜丸さんの落語を聴いたことがありません。
だから、「母親だけが出て行く」型が、
どのように受け継がれてきたのか、そこに興味が
あるんです。

※子はかすがい…別名「子別れ(下)」



喜丸さんの師匠である、ざこばさんも、
南天さんの師匠である、南光さんも、
「母親と子供が出て行く」内容です。
東京から移植したのかなあ。
でも、お二人が、この噺を手がけているということは、
先駆者がいるような気がします。


で、「母親だけが出て行く」内容は、
上方ならではなのかなと、
そうにらんでおりました。
というのも、『大阪春秋』という雑誌の「大阪の女」という
特集を組まれていた号で、
「上方では、離縁する時、女の子は母親が引き取り、
男の子は父親が引き取る習慣があった」
と、書かれていたからです。
江戸は、母親が子供を引き取るケースが多かったのでしょうか?


だから、「母親だけが出て行く」型の『子はかすがい』は、
上方で生まれたのかなあと思っておりました。
しかし、wikiを見ると、
三遊亭圓朝が、「女の子別れ」という噺を、
従来の「子別れ」を、脚色して作った、とありました。
それが、弟子の圓馬に伝わり、
(確か圓馬は上方に引っ越してきた噺家だったと思います)
その圓馬から、上方で「女の子別れ」が
広まったらしい。

でも、圓馬から喜丸さんまで、
もの凄く、時代が開いています。
圓馬って、四代目米團治がエッセイ(随筆)で、
絶賛していた江戸の噺家です。

どのように受け継がれてきたのか、謎過ぎます…。
ざこばさんと南光さんは、しない型っていうのも、ひっかかる。


五代目松鶴の遺した「上方はなし」を一から読むか、
圓朝全集を読んだ方がいいですね。

そんな時間、とても無さそうなんですが。^^;


※コメントで頂いた情報を追記します

ぴーまさんのフェイスブック?の米紫さんのコメント(2012年4月のもの)を
まとめると、
・江戸落語では「子別れ」と言っていたが、
明治期に三遊亭円朝が改作し、母親だけが出て行く型の「女の子別れ」が出来た。
円朝の弟子・円馬が上方にその噺を持ってきて、「子はかすがい」という題になったらしい。
・こちらが、上方本来の型であり、
数年前、ざこば師匠が「子はかすがい」(父親が飛び出す江戸落語型)を聴くまでは、
江戸落語の型を知らなかったとのこと。
(米紫さんは「父親が飛び出す」と書いていましたが、
上方落語メモの「子はかすがい」は、
父親が妻子を家から追い出していた。ざこばさんは父親が飛び出す噺なのだろうか?)

・初代桂春團治、六代目笑福亭松鶴、先代桂歌之助、桂喜丸が、
母親が出て行く型の「子はかすがい」を話していた。
・現役では、桂団朝、笑福亭鶴瓶(もずさん情報ありがとうございます)。
南天、米紫。
・米紫さんは、喜丸師のテープを聴いて覚えたとのこと。
・江戸の型を話す上方の落語家は、
桂ざこば、桂南光、桂文我。(※追記 林家染丸、林家染二)
(米朝さんや、枝雀さんは、どうだったのだろう?)
(米朝HPのDVDやCDの一覧を見ても、お二方の「子は鎹」を見つけられなかった)

・ここから推測です。
米朝さんや、枝雀さんは「子はかすがい」を持っていなかった。
笑福亭が引き継いできたネタっぽい。
 五代目桂文枝も、五代目松鶴の影響を多く受けているので、
もし文枝門下に「子はかすがい」をする人が居たら、
「母親だけが出て行く型(女の子別れ)」をしていると思う。
・米朝一門で「子はかすがい」は手がける人が凄く少なかった。
最近、手がけるようになった一門のベテランの噺家さんは、
江戸版の「子はかすがい(子別れ・下)」で、
母子ともに、家を出る内容だと思う。
米朝師匠や枝雀師匠が手がけなかった噺を、他の一門から
貰いに行きづらかったのか。
また稽古をつけてもらえる人材がいなかったのか。不明。
・先代の歌之助師は、米朝一門以外から、噺をもらったっぽい?
・喜丸さんは、歌之助さんか、他一門から噺をもらった?
・米紫さんは、喜丸さんの影響で「子はかすがい(女の子別れ)」を
話している。南天さんは??

・米朝さんが「子はかすがい」を手がけなかった理由(推測)。
四天王の誰かが、つけ入る好きの無い「子はかすがい」
をしていたから。改良の余地があれば、手がけていると思う。


「子はかすがい(女の子別れ)」母親だけが出て行く型は、
噺のキーパーソンとなる母親の台詞が殆ど無い。
(間を取り持つ女性の出番が凄く多い)。
 上方のネタは、堅気の妙齢の女性の台詞が凄く少ないものが多く、
(崇徳院の「お嬢さん」も同様)(「紙入れ」はどうなんだろう^^;)。
 円朝が作った当初の「女の子別れ」は、どうだったか知りませんが、
今の、母親だけが出て行く「子はかすがい」は、
上方の古い型を思わせる内容だと思います。
林家一門も、こっちをしているのかなあ。

※追記の追記
林家一門、染丸さんと染二さんは、母親が子を連れて家を出るという
内容だそうです。(お江戸流やわ~)。
もずさん、情報ありがとうございました。

コメントの投稿

非公開コメント

子は鎹

南天さんが母親だけが出て行く型とは意外ですね。
鶴瓶さんも、母親だけが出て行く型だったと思います。
だれから習ったのでしょう?六代松鶴は鶴瓶師には、落語は教えていないはずですが・・。
まあ、こういう調査は、落語界の興信所と異名をとる湖涼様にお任せします。
( ゚∀゚)ギャハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

女の子別れ

こんばんは。
宣言通り、今回は全休でしたね。
でも、やっぱり気になる?

湖涼さんには一度レビューしたと思いますが、2012年の4月の米紫さんのコメント再掲します。

初代春團治もこの型でやっていたということですよ。
もずさんは、六代目のを聴かはったことがあるんでしょうか?
私は、米紫さんの前にどこかで聴いた記憶はあるのですが、それがだれなのか、さっぱり憶えていません。
確かに鶴瓶さんは、六代目から稽古は付けてもらってないけど、六代目の影響は大いに受けていると感じます。

米紫さんが言うように、この型には、喋りのおばちゃんが介在することで、親子3人にクローズアップされる江戸版よりも難しいですね。
それだけに練れば練るほど面白味が増してくるようにも思います。

6人が出演するモーレツ所以かもしれませんが、南天さんの噺も少し走り気味な感じがして、もう少し溜めがほしいけど、時間意識してるのかな?という印象がありました。

以下、米紫さんからのコメント引用です。

本日はご来場、誠にありがとうございました。
「子はかすがい」…調べてみますと、本来江戸の噺(「子別れ」)で、母親が息子を引き取るという型であったのが、名人三遊亭円朝が父親が引き取る型に改作し、その型が二代目円馬を通じて上方に伝わり、「子はかすがい」となったそうです。
つまり、母親が家を飛び出すという今日の型こそが、上方の本来の型という事になります。
僕自身はざこば師匠が数年前ネタおろしをされた時まで、父親が飛び出すバージョンの「子はかすがい」は聴いた事がありませんでした。
初代春団治も六代目松鶴も、母親が家を出るバージョンで演じられています。
ちなみに先代の歌之助師や、現役では団朝兄さんもそのバージョンです。
僕は七年前にお亡くなりになられた、兄弟子の喜丸兄さんの録音を元に、自分で覚えさせて戴きました。
僕が「子はかすがい」を演じたいと思ったのは、ひとえに喜丸兄さんの「子はかすがい」が好きだったからです。
おっしゃるように、江戸バージョンの方が感情移入しやすいですし、“喋りのおばちゃん”が介在しない分、家族三人の愛情の修復の様が、よりお客様に伝わりやすい作りになっています。
今回演じてみて改めて感じましたが、分かりやすい江戸版に比べ、上方版の方がより難しく、良く言えば作為的ではない仕上がりになっているのではないかと思います。
でも“喋りのおばちゃん”のキャラクターの面白さ(このキャラが出過ぎてもいけませんし、陰が薄くなり過ぎてもいけません)、冒頭の女同士の会話の柔らかさ、父親の厳しさの底にある無骨な愛情…等々、上方版には江戸版にない魅力があると思います。
何分、小手先の笑いが少なく、またさじ加減のとても難しいネタですので、その時の出来不出来が著しく変化するネタだと思います。
しかしその分、とても演り甲斐のあるネタだとも言えます。
時間をかけて、固めていきたいと思います。
本日はありがとうございました。

不定期

月に一回だけ突然に始まる?ラジオ番組
OBCラジオ大阪1314
桂南光のハッピーでいこう!
今日9:05~

もずさん ぴーまさん へ
 貴重な情報、有難うございます。
あとで追記させてもらいます。
ものしりの落友がいて、私は幸せです。(^-^)

親父ママさんへ
 ただいま、ラジコで聞いています♪
お昼から仕事なので、お昼ご飯、いつ食べようか迷ってます(笑)。
親父ママさんがおすすめしてなかったら、
聴いてなかったですよ。^^ 
投稿しましたが、読んでくれるといいですね。

林家一門

林家一門は、染丸師と染ニ師しか聞いていないが、母親は子供を連れて出る形であった。
なお、六代目松鶴師のは、生では聞いていません。
今ワッハの7階で無料でそのCDが聞けるのでいつか聞いてみるとするか。あはは

林家は...

林家は、本家が東京名なので、染丸さんも染二さんも江戸版ですね。
御説の通り、大阪版は6代目が受け継いで上方の「子は鎹」得お完成させたと思います。
米朝全集にも、枝雀全集にも子は鎹や子別れは入ってないものの、所角てんこもち!で子は鎹を発見。これが、上方型です・
私も、数寝前にざこばさんが、子は鎹をやりだした時、東京からの輸入もんとしての認識しかなかったし、噺しながら泣くっていう掟破りに、観客側としてはどっちらけてたものです。
その後、いろんな人のやる噺を聴いて、上方に置けるこの噺の原点に触れることができて幸せ。
でっ!読んでる人の大半がわからん話書いてもわからん、このオタクブログに乾杯~

おのぞみでしたら、てんこもり松鶴全集の子は鎹お届けしますよ。

ところで、よろかんのその後は?  
そうそうs、天下茶屋から船場ウォーキングも道半ば。
色々、宿題ありまっせ。

火だけ付けといて、途中リタイアは許せんよ・
鉄の掟が...豆腐の掟でしたっけuu

もずさんへ
 打てば響くようなコメント、有難うございます。(^^)
追記の追記、書かせてもらいますね。
ワッハの無料視聴ブースは、今7階にあるとは知りませんでした。
三喬さんや六代目松鶴の崇徳院を聴きに行ったことが懐かしいです。
あと、米朝さんと三代目文我と…色々聴きましたね。

ぴーまさんへ
 林家は、東京と上方では別系統なので、東京の林家のことはよく分からないと、大学の特別講義に来られていた染丸さんが言っていたような気がします。(10年以上前の話でうろ覚えですが^^;)。
 アラカン世代の噺家さんってお江戸流の「子はかすがい」をやってる人が多そうですね。これから手がける人も多くなりそうです。上方型は母親の出番の少なさ、演出の難しさを考えれば、このままマイナー路線をたどることになると思います。
 六代目松鶴の「子はかすがい」、今度お会いする時か、その次の機会にでも、お願いしてもいいでしょうか。六代目って女の人の声が凄くチャーミングなので楽しみです。^^
 よろかんは、屋号の本を書いた先生がご存命なのか尋ねるメールを大学に出したらお返事が返ってきませんでした(苦笑)。天下茶屋から船場まで歩くお話は、炎天が消えてから、もう一度私に振ってください(たぶん忘れていると思うので)。

ちなみに

ちなみに、10月1日の繁昌亭夜席で三遊亭円朝特集があるそうです。
文華さんが「女の子別れ」の演題でネタだしされてます。

繁昌亭夜席 三遊亭円朝特集
露の眞 「元犬」 桂文華 「女の子別れ」 笑福亭円笑 「お峰殺し」(怪談・牡丹燈籠より) //仲入// 桂春雨 「にゅう」 桂文太 「よもぎ餅」(黄金餅)           

絶品

そうそう、文華師の「子は鎹」は絶品との定評がある。
ある時、花々寄席で聞いたことがある。たしか、母が一人で出て行くタイプだった。
父が子供に怒るシーンが迫力があってよかった。
この時、高岳堂氏も見学しておられ、ブログに絶賛の記事を載せておられた。
一見の価値あり!是非参加を!
いくら勧めても、行かない時は、行かない貴女と知りながら・・。
勧める私なり。ヾ(  ̄▽)ゞオホホホホホ

ぴーまさん&もずさんへ

2日ほど体調を崩しご無沙汰しておりました。
お二人の円朝作品プッシュコールに、
心がぐらつきそうです。最近、子は鎹ばかり調べていて、
このままブームが続けば、10月1日は浮気確定です。
(浮気というところが何ともはやですが)。

志ん朝さんが、とある本で、
「鰍沢(うろ覚え)は円朝作品じゃないんですよ。
昔は“円朝作”と付けば売れたから、何でも円朝作って付けたんですよ」
と言っていたので、目玉が落ちそうになりました。

あと、四代目米團治の本の円馬の項を見ても、
「子は鎹」の話は載っていませんでした。
 昭和22年から23年くらいの上方の落語会の演目を
並べた本を読んでも「子は鎹」は載っていませんでした。
一体いつから、「子は鎹」は演じられるようになったんでしょう。
六代目松鶴からなんでしょうか?

少し古い本ですが、前田勇先生の上方落語の歴史という本には、
円馬ではなく、月亭文都が「子は鎹」を円朝の「女の子別れ」
を元に話し始めたと書いています。wikiと違うので混乱します。

私は、アラカンの噺家さんが江戸型の「子は鎹」をする理由として、
彼らの先輩噺家x(エックス)の「子は鎹」が余りに素晴らしく、
同じ事をしても叶わないので、江戸型をしているのではと
思っています。現在、上方型の「子は鎹」をしている噺家は、
x(エックス)の生の高座「子は鎹」を見たことが無いから手がけれるのだと。
 こんなことを考えているから、偏頭痛になるんですね(^^;)

文華さんの「子は鎹」が絶品とのこと。
どうりで動画にアップされている訳ですね。
(山場の場面だけっぽいですが)
これで謎が解けました。
10月1日、見に行くならお目当ては文華さん決定です。
あと「にゅう」が気になります(笑)

六代目の子は鎹

今日はワッハ上方の資料館で、六代目松鶴師の子は鎹(CD)を聞いた。
マクラで、師が「カモカ!」の顔をしたのが受けていた。
やはり、母が一人で出て行くパターン。子供が、母と再会し、「父と一緒に暮らして!」と頼むシーンが、すごく可愛い。あの風貌で、あんな可愛い演技が出来る事に感銘を受けた。
また子供の名前を言い間違えてしまい、「まちがった。子供の名前が分からんようになるほど、わては気もそぞろなんか?」と、フォローし、場内爆笑。
女性の演技もうまく、さすがを思わせた。
尚、これは、S54年の松鶴十三夜での収録。

もずさんへ

ぴーまさんから六代目の音源をお借りできるというお話を
持ちかけられたのですが、ガマンできず図書館でCDを取り寄せて
しまいました。上方はなしっていうタイトルで、いつの音源か
分かりません。今から聴くのが楽しみです。
 カモカは、「上方落語」(笑福亭松鶴著)という本の速記にも
出てきましたが、どんな顔なんでしょうね。
 今日、朝目覚めた時、噺家名人X(エックス)は六代目だと
思いました。五代目文枝さんのwikiの得意ネタに入ってなかったので。
謎が一つ解けてちょっと寂しいです。でも、六代目はいつ頃手がけるように
なったんでしょうね。少なくとも昭和19年から23年の駆け出し時分には、
五代目をはじめとする先輩噺家は誰も高座に出していません。その当時は、
何となく、子は鎹は、新作落語と古典落語の間くらいのネタだったように
思います。
 六代目が得意ネタとしたのは、子供と母親の演技に定評が
あったからなのかなあと、聴く前から楽しみが増えました。
プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ