2月9日の動楽亭昼席

2013年2月9日(土) 動物園前

桂 優々  「普請ほめ」
桂 雀五郎 「失転気」
桂 紅雀  「花色木綿」
桂 米團治 「猫の忠信」
~中入り~
桂 文我  「田舎芝居」
桂 ざこば 「子は鎹(かすがい)」


満員大入り、定員オーバーで入場を断られたお客さんも。
久々の花色木綿は、以前と違った仕草がちょいちょい飛び出して、
本当に面白かったです。^O^
 今日は、人がいっぱいで前から二列目に座れませんでした。
明日、上手くゲットできますように…!



この日は、携帯電話を持っていないばかりに、
すったもんだのすれ違いがありまして、
まあ、遅刻することが多い私ですから、
お互い様ということで…(笑)

珍しく待ち合わせ場所に、
一番乗りした日でした。

ソニーボーイで、にこさんともずさんとランチ。
けっこう長居しまして、
お店を出たのは1時過ぎくらいでしょうか。
・メモ
この日の、にこさんの名言
私「紅雀さんは、北海道で枝雀さんと会ってなかったら、
噺家さんじゃなくて、別の職業についていたと思うんですよ」
にこさん「でも、紅雀さんと枝雀さんが北海道で会ってなかったら、
こうやって、三人でランチしてることは絶対に無いですよね」
・メモ2
もずさんの“聞き上手さ”は、私だけが感じている事ではなく、
どうも他の人も、そう思っているようだ。ランチのお誘いが増えている。
話を聞いてくれる人、本音を明かせる人って意外と少ない。



ソニーボーイを出たのは、1時過ぎで、
開場は1時半。余裕を持って出たつもりでした。
でも、動楽亭に着くと、既に開場済みで、
余りにお客さんが多いため、時間を繰り上げて会場に入れたのだと
思われます。
三人掛けの椅子席に何とか座らせてもらうと、
斜め前の“通路席”に名古屋のM本さんの姿が!
もう会えないと思ってました。余りに混みこみだったので。
会話もままならず(と言いつつ、最低限の言葉は交わせた気がする)、
開演の時間に。



開口一番は、優々さん。
黄色いチェック柄(格子柄というのか?)のお着物。
柄の大きな着物って、けっこう珍しいかも。
携帯電話の電源を切るようにアナウンスされてから、
「普請ほめ」へ。
(おかげさまで、一度も鳴りませんでした)
 優々さんの普請ほめって、
新築の家の匂いを嗅ぐところが好きなんです。
前座噺ってけっこう忙しいなあと思うことがあるのですが、
こういうゆったりとした間合いを取ってくれると、
ほっと一息つけます。
 この日は二回も吸ってた。笑 一回でいいような気もするけど。
さりげない仕草が好きなので…(私の好みに過ぎませんが)
 さりげないと言えば、主人公が、ご隠居さんの言っていることを
メモするくだりがあって、台所のくだりになると、メモに飽きた主人公が
「まだありまんの? 」
って、うんざりして言うところがあって、
優々さん、「まだメモするの?」って言いたげに、
紙に見立てた手ぬぐいの端をつまんで、ちょっとだけめくった所が
凄く良かったです(細かすぎる)。
 これ、若い子に言う話じゃないですが、
池田のおじさんは、主人公がカンニングしている姿を見ているのに、
どうして、「気持ち悪っ、石燈籠の元値から、皆知ってくさる」
と言ったり、「ようそれだけのことを頭に入れていたな」と、
言ったりするのでしょうか…。目角が悪いという設定にしても、
「天井が、天井がと言っているが、腹を見て天井が見えるか?」
と、主人公に突っ込んでいます。これ以降は、
おじさんの後ろに、主人公が立つ設定にすれば良いのかな。
文我さんの「牛ほめ」のおじさんは、主人公がカンニングしているのを知った上で、
相手をしてやってる感じが、ほのぼのしてて良かった。
 優々さん、牛を全く出さずに、完全な「普請ほめ」バージョン。
普請を褒めるところで終わるなら、下手に牛を出さない方が、
噺がすっきりしますし、じっくり家を褒めることができます。
これは、雀五郎さんでもそうしていたことで、牛を出さないやり方は、
若い子の傾向なのでしょうか。ちなみに紅雀さんは、
牛を出して、女の子を泣かして、普請褒めで終わります。
そういえば、優々さん、首をくくる~棺桶のくだりも無かったなあ。
かなりの短縮バージョンだったのかも。
 

お次は、雀五郎さん。
「まん我さんが体調不良のため、私の方で、ご辛抱のほどを
お願い申し上げます」(だったかな?)
 「失転気」は、聴くのが二回目…だったと思います。
小坊主さんが、頭を丸めていない男の子とあまり変わらない口調で、
なんだか、可愛らしいなあと思いました。
 「平林」って聴いた事が無いのですが、事情を知らない小さな子が、
あっちこっちで尋ね回るところが、ちょっと似ているなあ、なんて思います。
 以前も書いたように思いますが、小坊主さんが、
住職の心の内を妄想する場面があって、住職が悪人声で笑うところが、
とても面白かったです。


お次は、紅雀さん。
喫茶店のマクラからセコムの話になって「花色木綿」へ。
セコムが出てきたとき、まさか「さかさま盗人」? と
思ってしまい、よく考えたら、そんな訳なかった…。
しかし、なんばの喫茶店のマクラは、初めて聴いた時、
鉄板マクラになるとは思いもしませんでした。
何回聴いても笑ってしまう、と友達が言っていたので、ここでメモ(^^)。
 「花色木綿」は、久々に聴きましたが、
台詞も仕草も凄く生き生きとしていて良かったです。
特に仕草は、以前とは少し異なった形に見え、新鮮に感じました。
リニューアルというか、リボーンっていうか。
私はついつい厳しい目で見てしまうので、
友達の「今日一番、客席を沸かせてた」という有り難いお言葉をメモしておきます。
 マクラがたっぷりだったので、途中でサゲちゃうのかなと
思いましたが、オチ(最後)まで行ったので、嬉しく思いました。
お得感がすごい。刀の袋を飛ばした甲斐があったのかな。


中入り前のトリは、米團治さん。
雀五郎さんの長い自己紹介(自分は○○師匠の弟子の○○師匠の弟子の…)
を引き合いに、自分はもっと短く言えます、と。
 浄瑠璃の侍の笑い声を披露。「こんなこと、ここ以外でやったら、
救急車を呼ばれてしまう…」と言ってたら、土地柄なのか、
動楽亭の外で救急車の音が(笑)。しかし侍の笑い声、怖かった…。
あれが浄瑠璃なのか。声というより表情かな。^^;
 浄瑠璃繋がりで、「猫の忠信(ただのぶ)」を。
この噺、色んな演者さんでよく耳にするのですが、
常やんの寝起きの声が、めちゃくちゃ低音ボイスなのは、
何故そうするのか、ちょっと分からないままです。
イケメン声のつもりなんかな。あそこ、落語っぽくなくて苦手です。
何かのパロティなのでしょうか…。
 悋気しいの「おとわ」はん、は、米二さんの方が好きです。
お裁縫するところもそうですが、穴を覗き込んだ後のリアクションも、
ちょっと違うような。たぶん、型としては、米團治さんが標準で、
米二さんが、工夫を加えているっぽい?
 役ではまっていたのは、ジロキかなあ。
 これはいいな! と思ったのは、噺の構成。他の人だと、
常やんが、ジロキを叱る時、有馬の湯治の件を持ち出すのですが、
そんなことまで言っちゃうの? と常やんが性格ブスになってしまうので、
好きではなかったところです。米團治さんは、多分、ここを飛ばしてました。
ナイスな判断だと思います。
 それから、一番メモらないといけないのは、サゲ前の部分。
他の人のやり方は、化け猫が自分の生い立ちや所業を涙ながらに
語ったにも関わらず、人間はそれを聞きながら、猫の存在を無視して、
「こんどの芝居は大当たりや」と、言い出します。
化け猫の悲しい過去の告白に対してのリアクションが無いんですね。
これでは、猫が可哀想です。
 米團治さんは、告白しおわった化け猫が、
普通の猫に戻ってしまった様子を描き、「かわいそうになあ」と、
誰の台詞か分かりませんが、そういう言葉が出てきました。
 他の人は、猫を利用したサゲですが、
米團治さんは、猫と一緒にサゲに行った印象です。
三味線の横で猫が鳴いている様子を語るため、話の流れは以前より
悪く感じますが、そう云った、ぎくしゃぐした所も、台詞の整理をするなり、
聞き手の耳が慣れるなどすれば、自然に思えるようになるのでは、と思います。
 これは革新的なサゲ前の工夫で、
将来、こちらのやり方をする噺家さんが増えることを願うばかりです。
※猫好きの人なら必ず後者を選択すると思われる。
メモ:米團治さんが演じる化け猫は、仕草や表情が大仰で、
ちょっと怖かった。ホール用の所作ではないかと思う。


中入り後は、文我さん。
お久しぶりです。
マクラはたっぷり。若い頃、和歌山の方まで、
暴れ太鼓を打ちに行った話を。とても寒い日で、
一緒に仕事に行った漫才の子に振り回されて?
大変だったとか。とっても面白かったです。
 「田舎芝居」は、初めて文我さんの噺を聴いた時の
ネタで、とても懐かしく思いました。雀の学校で、
ゲストの時に語っていた噺です。凄く面白くて、
感動した思い出が。その感動した記憶だけが残っていて、
一時間くらい楽しんだ感覚だったのですが、
雀の学校も「モタレ」で話していましたし、今回もそうです。
自分が思っていたよりも、ずっとあっさりとした噺だったんだなあと
思いました。(面白いネタは、脳内補完してしまうせいでしょう)。
 思ったよりも早く話が終わったので、吃驚しましたが、
田舎弁を使う人たちが可愛くて、そして面白い! と思いました。
 落語に出てくる田舎弁ってけっこう難しいと思います。
(ああいう方言は実在しないとかいう噂も聞いたような)
下手な言い方をすれば、田舎の人を小馬鹿にしているように聞こえてしまうので。
文我さんの田舎の人々が、愛らしくも、土地に根ざして生きている様子が、
生き生きと感じられるのは、文我さんご自身が、田舎の良い空気を吸って
育ったからではないかと思います。
 都会育ちの噺家さんが、「田舎芝居」を文我さん以上に面白く語れるとは、
到底思えません。土の匂いまで出せるかな。


最後は、席亭のざこばさん。
立ち見が出るほどの満席、ぎっしり詰まったお客さんを見るなり、
「もうちょっと分散して来てくれへんかなあ」と。笑
動楽亭のお家賃(マンション6部屋分とか)のことや、
座布団が、座椅子になったり、トイレのスリッパもアンケートの
要望で換えたとか、そういう事があったのかと、面白く聞かせてもらいました。
お客さんの声に一人一人応えるなんて、律儀な人ですね。
 「子は鎹(かすがい)」という噺をするに先立って、
「鎹」の現物を見せてくれました。遠くのお客さんに見えるように、
大きいサイズの鎹まで用意。戸板を打ち立てるとき、隣の戸板とバラバラにならないよう、
繋ぐ鉄の大きなホッチキスのようなもの、だと教えてくれました。
 ざこばさんの「子は鎹」、とっても良かったです。
人情噺だと思っていましたが、随分笑いが多かったですし、
涙が出るような噺が苦手な身でも、随分気楽に聴けました。
 台詞の巧みさは、ざこばさん、言い方がけっこう朴とつとしているので、
巧みというよりは、シンプルに胸に届く感じです。そこがいいなあ。
 上手すぎて、やばい、と思ったのは、噺の構成(というのか)。
何気ない小道具やキーワードをさり気に出して、それが後々、
物語の重要なキーポイントとなっていった点です。
「金槌」は、今まで、私の中では、寅ちゃんのお母さんが、
口を割らない子どもを脅すために使うものでしかありませんでした。
噺の前半は、妻が夫に嫌味を言うための道具で、
勿論、寅ちゃんの口を割らす道具としても出てきましたが、
「父親のげんこつ」代わりだと、お花が言ったときは、じんと来ました。
 それから、今まで気付かなかったことなんですが、
熊五郎が、番頭に連れられて堀川へ行く途中、寅ちゃんと会うくだりで、
この場面というか設定を考えた人は天才だと思いました。
番頭に連れられて出かける、というのは、相当、大きな仕事の下見です。
熊五郎が、妻と子を養っていける男だということを、それとなく、
聞き手に印象付けている、と思いました。“より”を戻す前の場面でありながら、
幸せの複線が既に張られているのです。また母子の生活の苦しさを
描くと同時に(寅ちゃんに糸巻きを手伝わす)、万引きの疑いを持たれるお金が
こぼれ出てくるなど、まるで、無駄の一切無いダンサーのステップのようでした。
(同じ足でも、重心を変えて2ステップ表現したりする・多分)
 ざこばさんの凄さを目の当たりにした一席で、「猫の災難」以来の
衝撃でした。



落語会の後は、にこさんと、ゆずさん&至柔(しじゅう)さんご夫妻と
一緒に、喫茶店でお茶しました。M本さんともずさんは先に帰っちゃったので、
名残惜しかったです。とても素敵なご夫妻で、至柔さんは、雀五郎さんに
面影が似ていて(声まで似てる)、雀五郎さんにお兄さんがいたら、こんな感じ?
と思って喋ってました。アマの噺家さんだそうです。
ゆずさんも柔和で聞き上手っぽい方で、
さすが文我さんのファンだなと思うくらいの…品のあるオーラを
感じました。また何処かでお会いできたらなあと思います。

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