続・よろかんの話

「玉造のよろかん」を調べるのに、
あちこちに迷惑をおかけしています。
東成区図書館、大阪市中央図書館。

今回は、
ネット上で万屋小兵衛について、
詳しく書かれている方に
メールを送り、
大阪府立図書館に出かけました。




猫間川について尋ねるのなら兎も角、
万屋小兵衛について
聞くのは、どうかなと、
思いつつメールを送りました。

大変丁寧なお返事を頂き、
二代目三木助の高座の時期まで
推測していただくという、
棚から牡丹餅な、
収穫まで得てしまいました。

個人的には、
二代目三木助の「崇徳院」速記は、
彼がずいぶん若い頃のものなので、
師匠の口移しそのままで、
内容には余り手を加えていないのでは、
と思っています。
(四代目松鶴から
教えてもらったのだろうか…?)


とはいえ、鴻池善次郎という、
実在する人物が「崇徳院」に
出てくることが分かったので、
高座の時期を特定するのは、
かなり有益なものだと思います。
(何だかワクワクしてきた)


この方のメールから得た
一番の収穫は、
「屋号と雅号を混同することは
ありえません」
と、はっきり言ってもらえたことです。
私の仮説
「“よろかん”は、
万屋の菅舎さん、の略ではないか」
というのは、
かなり無理があるようです。


メールを見たのは、
大阪府立図書館から帰ってきた後なんですが、
この図書館で、衝撃的なことがありました。
「菅舎」を、
私、ずっと「カンシャ」と、
読んでいたのですが、
図書館の方によりますと、
(目録?みたいなもので確認されてた)
「菅舎」は、
「スガヤ」と、読むそうです。
・・・

「よろスガ」になるやん!


orz



えーと、気を取り直して、
府立図書館で得た収穫を…。
長者番付は、
「嘉永二年版」「天保十四年版」に、
たぶん、
万屋小兵衛の名前を発見。
「たぶん」というのは、
字を崩してあるので、
自信が無いからです…。

とても字が小さくて、
大関の鴻池善右衛門と、
比べたら可哀想なくらいでした…。
やっぱり住友さんとかと
並べたら、
金持ちの歴史の古さが違うなあって、
しみじみ思いました。
何代も、ず~っと、お金持ちのままだったら、
大関クラスまで行けたかもしれませんが…。


金持ちの次元が違いすぎて、
ついていけてないのかもしれません。
(私自身が)
金三千両(その他もろもろ)を出資して、
あの字の小ささは無いと思います…。
鴻池さんは、
一体どれだけお金持ちだったのでしょうか。


 明治維新後も長者番付のトップに
君臨する鴻池善右衛門に対して、
佐々木春夫(万屋小兵衛)の名前は、
明治12年、13年版では、
見つけることが出来ませんでした。
(明治時代の長者番付は、
ネットで幾つか見れます。便利な世の中ね)


幕末に、国事奔走しすぎて、
燃え尽き症候群になったのか…、
( ↑ これは私の想像)
明治維新後は、完全隠居した、
というような事が、
「菅舎歌集」の下巻に書いてありました。
隠居っていっても、
歌の研究はしていたんでしょうね。



「よろかん」に話を戻しますと、
(わき道にそれ過ぎ…)
『(大阪市)東区史』(昭和14年刊)に、
佐々木春夫のご先祖について、
今まで見た事ない記述を発見しました。
「豊臣時代に江州から摂州玉造の前記
岡山町に移住し、
春夫の曾祖母寒子(カンコ)に至って
家大いに繁昌し、
有数の富豪となり、
諸侯への貸出等をも為すに至つた。」
・・・・
・・・
寒子(カンコ)さん?
「万屋の寒子さん」の略で、
「よろかん」?


屋号の愛称に、
女性の名前が付くという
前例を知りません。。
こういう事って
あるのでしょうか?


そろそろ、これで、
先生に手紙を出してみます。
先生、どうかお答えを(涙)。

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