三遊亭百生の「崇徳院」

とある方のご好意のリレーで、
三遊亭百生の崇徳院(音源)を、
家に居ながら手に入れることが出来ました。
(TOT)
本当に、ありがとうございます。
もう少しで埼玉県川越市の図書館に
行くところでした。

百生の崇徳院は、
現存する最古の「崇徳院」音源です。
You Tubeで視聴できます) 

★赤字の※追記~部分を2015年4月11日書き加えました。



二代目 三遊亭百生「崇徳院」について。
私が手元に持っているのは、
ラジオで放送された落語を、
ダビングされたものらしいのですが、
音源元は、1981年アポロンから出た
「落語名人撰56」と思われます。
(たぶん)

※2015年4月11日追記
ラジオで放送された音源は、文化放送の「崇徳院/二代目三遊亭百生~『名人落語独演会』昭和34年(1959)2月22日放送分の可能性が高い。百生は1964年に亡くなっており、死後の1981年にアポロンから「落語名人撰56」が出た。

音源年月日の参照元:「自惚れや、たまのらくがき、五七五」というブログの「こんな番組も録音してました…その175 「文化放送」編」記事



しつこいようですが、
明治生まれの噺家さんです。
1895・明治28年生まれ。
5代目松鶴の11才年下で、
4代目米團治より1才年上です。
 ちょっと変わった経歴の持ち主で、
大阪市南区生まれ。
初代春団治の弟子となったのですが、
色んな事情で、東京と上方の
落語界を行ったり来たりしたようです。
最終的には、戦後、東京で、
六代目三遊亭円生の形式的な弟子と
なりました。(百生のwikiから要約)

東京で活躍した噺家さんですが、
バリバリの上方弁です。

ちょっと聞くと、ガラガラ声ですが、
地声はイケメン声っぽい?



落語「崇徳院」は、
今まで、六代目松鶴が、
最年長の噺家さんのものでした。
その次が、米朝さん。

それ以前の、
五代目松鶴、四代目松鶴、二代目三木助は、
速記本のみ存在します。


百生の崇徳院は、
五代目松鶴と六代目松鶴の
間の時代ですね。


基本的には、松鶴型の崇徳院なのですが、
百生特有の、
そそっかしい熊五郎のキャラクター性と、
細やかな背景描写は、米朝型の元となった
節があります。

百生の崇徳院を名づけるなら、
松鶴型(但し米朝型が内包)と、
言えるでしょう。



ここで、松鶴型・米朝型のおさらいを。^^;

【松鶴型】
・熊五郎が大旦那に二回目に会った時、
お上に訴える、と脅される
・熊五郎のお上さんは、亭主に同情を寄せない

→昔の松鶴型の熊五郎は、前半のボケが少なく、
職人っぽい。(今はそうでもない)

【米朝型】
・熊五郎が大旦那に二回目に会った時、
褒美を三百円やる、と言われ、欲に取り付かれる
・熊五郎のお上さんは、
亭主に「もう、あきらめなはれ」と同情を寄せる

→熊五郎は、大旦那に報告する時のボケが多く、
前半は喜六っぽい


詳細な型の特徴は飛ばしますが、
大体こんな感じです。



百生の崇徳院を、
冒頭から、ざっと見ていきます。
(※途中から噺が前後している所があります、
すみません)


・冒頭の語り
聞きなれた上方の崇徳院の冒頭とは
異なります。けっこう省いているので、
ずっこけました(笑)

・熊五郎、若旦那に、
「若いもんが引きこもって…皆、お花見に
行って賑やかにしてるのに」と言う。
 五代目松鶴にも米朝さんにもない台詞です。
枝雀さんが似たような事を言ってましたね。
うろ覚えですが、「宇治の柴舟」に
似たような台詞があった気がします。

・羊羹でもなくカステラでもなく、白酒。
東京型は羊羹なので、百生ならではかな。

・紫の茶袱紗
上方は緋塩瀬の茶袱紗で、
東京は茶袱紗と言う事が多いです。
これも珍しい

・崇徳院の歌を書いたのは「短冊」
上方は料紙、扇が多く、
東京は短冊が多いです。


・熊五郎が、お嬢さんを探しに行ったのは、
何と「高津神社」!!

これは、ちょっと吃驚しました。
お間抜け度が高くて面白いです。
今の崇徳院の熊五郎はリアル傾向にあるので、
こういうのは出来ないでしょうね。
 これは、東京の柳家金語楼の「皿屋」に
出てくる「愛宕さんの階段を上ったり下りたり
していた」と云うくすぐりと似ています。


・「お嬢さんの茶袱紗を売ったやろ」
「あんた立ち聞きしてなはったな」
→五代目松鶴の入れたくすぐりを継承
 彼以前には無いくすぐりで、
五代目松鶴を尊敬してたことが分かります。


・熊五郎の性格
百生独特の語り口調で、
そそっかしく、おっちょこちょいな印象。
 百生の崇徳院を型に嵌めると、
明らかに松鶴型なのに、
まったく職人らしくありません。
前半のくすぐりが多いせいでしょう。
米朝さんの熊五郎が職人っぽく見えるくらい
すごく喜六っぽいです(笑)
米朝型の熊五郎のモデルのような…。
 但し、噺がほのぼのしているせいか、
非常に「能天気」な感じもします。

追記:「ちびまるこちゃん」に出てくる
山田くんに似ている気がします。喜怒哀楽が少なく、
たまに怒ることもありますが、基本的に
ずっと「あはは、あはは」と笑っているキャラです。



・「にたり、にたり、よったり」
お嬢さんと若旦那の出会いの場面を、
熊五郎が茶化したもの。
 東京の柳家金語楼の「皿屋」では、
「にこり、にこり、しこり」と出てきます。
金語楼の影響も濃いですね。


・崇徳院の歌を思い出すとき、
「いやよ、いやよ、ハイカラさんは、いやだよ」
と、熊五郎が歌う。
※追記 コメント欄をご覧ください。「間がいいソング」という唄です。
 これも金語楼の「皿屋」に出てきます。
ただし、その後の「わたしゃ100まで」?
という歌と、もう一つの歌(崇徳院の歌に似た
フレーズのもの)は、百生でしか聞いたことが
ありません。
 ここは従来なら、「障子はる、岩に当たった」
という歌が出てくるところですが、
崇徳院の歌「せをはやみ」と、「しょうじ」の
語感が似ていないため、無理を感じるところでした。
(熊五郎が考え込んだ末に言うなら、まだ良い)
 五代目松鶴は、このくすぐりを避けるため、
熊五郎に歌を覚えさせていますし、
米朝さんは「石川や 浜の真砂は つきぬとも」と
口をつぎやすい歌をうたわせています。
 百生ならではの工夫であり、
問題点の対処法として非常に好感が持てる場面です。
しかし、これは彼にしか出来ない芸当で、
後継者がいない、その点だけが惜しいです。



・鏡の割れるサゲ
これも金語楼の影響でしょうか。
鏡が割れる音(小拍子)の音が無く、
見台が無いように思われます
 今まで、鏡の割れるサゲは、
金語楼→三代目三木助→米朝さん、という
流れかなと思ってましたが、
金語楼→百生→米朝さん 
この線が濃くなってきました。


・棟梁風のお嬢さん側の男、
お客さんの列に割り込んでくる。
 五代目六代目松鶴ともに無い場面で、
米朝さんのテキストに出てきます。
米朝さんは百生の崇徳院を
かなり参考にしたのでないでしょうか。


・大旦那が「お上に訴えるぞ」と、
言わずに「煮え湯を浴びせるぞ」と言う。
 
これは凄い衝撃を受けました。
文字にすると酷い台詞ですが、
実際聞くと、かなりギャグっぽい(笑)。
 百生の大旦那は、
従来の上方の崇徳院の大旦那と違って、
イジワルな印象が薄くなってるんですね。
 五代目六代目松鶴、米朝さん共に、
大旦那は「鰻」「お酒の燗」「お風呂」を
中止させますが、
百生は「鰻」だけしか言いません。

 大旦那のムチャぶり(お上に訴える、
「鰻」「お酒の燗」「お風呂」を中止させる)
その、くすぐりそのものは、
私も否定しませんし、
「お上に訴える…と言うのは冗談にしても」と
色合いを薄める噺家さんも多いです。
今の崇徳院がリアル傾向にあるので、
大旦那をイジワルな人にしたくないのでしょう。

私が百生を凄いと思うのは、
大旦那のきつい表現を和らげた、
という事ではなく、
「煮え湯」という毒までもって、
自身の大旦那の表現を貫いたという
点です。
「大旦那のきつい台詞を消したい」
という思いは、「鰻」止まりになっている
台詞から明らかです。

筋が通っているというか、
がっしりとした骨がある。

細かに設定をいじるのではく、
大胆に自分を貫いていると、
感じました。


・熊五郎が、お風呂屋に行く
そして、お湯につからず出てくる(笑)
今の噺家さんも、入れて欲しい場面です。


・「せをはやみ~」と、町内で言い立てる。
 せをはやみ~と町内で言い出したのは、
五代目松鶴からです。
但し「いわし屋はん」の声はかかりません。
子供に付いてこられます。犬は出てきません。
 百生は、子供も犬も出てきませんが、
お上さんから「道中で(せをはやみと)言うんだよ」
と言われます。
「せをはやみ」と言うと「おーい、あさりや!」と、
声がかかります。

町中、大声で「せをはやみ」とうたう
滑稽さを見事に引き継いでいます。

五代目松鶴→●●屋さん、なし
百生→おーい、あさりや!
六代目松鶴→いわし屋はん
米朝→おかず屋はん
三代目三木助→なっと屋さん


・棟梁風のお嬢さん側の男が登場し、
お嬢さんの恋患いの件を長々と喋ると、
客の一人が、
もう一人増えましたで
と、言う。
 めっちゃ面白い突っ込みです。



・熊五郎、探している相手が見つかると、
キセル口を「フッ、フッ、フーッ」と吹いて(?)
相手につかみかかる
 音だけなので不明ですが、こうしているのかなと
勝手に想像しました。
米朝さんは、キセルの灰をポンと落としてから、
相手につかみ掛かります(※うろ覚えです)
六代目松鶴は不明で、弟子の仁鶴さんも
キセルの灰をポン…だったっけな?
枝雀さんは、手が震えてキセルを落としていた
ような。
 六代目松鶴以前の噺家さんは不明で、
速記を見ても、キセルについては語っていません。
 百生のキセルの使い方は、
物語のクライマックスを表現する、
かなり古い年代のものです。


・熊五郎が自分を"よろかん”屋のものだ、
と言う
 これは、二代目三木助、四代目松鶴の
崇徳院テキストに登場する店の名前で、
何屋さんか不明です。
※追記:玉造の万屋小兵衛の家を指します。
『戦前の上方落語「崇徳院」に登場する「玉造のよろかん」とは何か<3>』の「よろかんと善次郎を出す演出」の内、ページ下部の「注釈※6」をご参照ください。

 五代目松鶴は、店の名前を言うと
場所を特定してしまい、想像範囲が狭まると
考えたのか「よろかん」は言いません。
 百生の崇徳院の中で、
明治時代を感じる部分です。


・棟梁風のお嬢さん側の男が旅立つのは、
和歌山ではなく、北海道のさらに北の歯舞、色丹島。
 これは百生が、東京の噺家で、
東京のお客さんを相手に喋っていることが
よく分かる台詞です。
東京の人からすれば、「和歌山」は
馴染みが薄く想像しづらいです。
ここは、くすぐりを
よく切り替えたなあと思うところです。
 ちゃんと受けてますし、
苦心の跡さえ想像してしまいます。

 話は前後しますが、
熊五郎の
「何で(若旦那を)生玉さんへ行かさんかったんや」
という崇徳院でお馴染みの台詞も、
百生だと、
「高津さんやのぉて、お稲荷さんやったら良かった」
と云うくすぐりになってます。
これも、東京のお客さんに受けやすいように
変更した箇所です。

生玉さんのくすぐりは、大阪の地理に詳しい
人でないと分かりづらく、最近受けにくくなって
いるように思いますので、こちらの方が良いのでは。



・ぞうり、お弁当のくすぐりがない
これは二代目三木助からあったテキストなので、
百生で無くなったのは意外でした。
入れるとコテコテすぎると判断したのかも
しれませんね。こういう細かな小道具がない
あたりも、噺をほのぼのさせている
要因だと思います


・問題点
熊五郎と若旦那を「竹馬の友」と表現し、
聞き手に、二人は同年代ではと思わせてしまう。
 熊五郎が年季の入った奥さん(たぶん)を
持っていることから、おそらくは、
年が離れていると思うのですが、不明です。


・おかゆが通らん、水がとおらん、電車がとおらん
東京の三代目三木助の独特の台詞と
思っていたくすぐりが、
百生の崇徳院の中にありました。
元々、東京にあったフレーズなのか、
百生が三木助に与えた影響なのか不明です。
(なんとなく、志ん生が思いついたような、
勢いのあるくすぐりだと思います)

※金語楼の「皿屋」(速記)に、このくすぐりが
載っていました。



百生の崇徳院は、
東京の金語楼の「皿屋」などの設定を取り入れ、
自身の感性を貫いて、
五代目松鶴の「崇徳院」を、
より膨らませて表現しています。

また、熊五郎のキャラクターは強烈で、
百生一世代限りのものと言えるでしょう。

百生の「崇徳院」は
六代目松鶴、米朝に影響を
与えたと思うのですが、
まだ確たる立証は出来ていません。

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よろかん

書きましたな~
こんなに喜んでいただけたら、その一翼を担えたことがとても嬉しいです。
「よろかん」はもずさんのおっしゃるように、「萬屋勘兵衛」みたいな名前の略称だと思いますが、なかなか出てきませんなあ。
玉造で、萬屋で、豪商といえば、どうやら萬屋小兵衛(後の国学者佐々木春夫)のようです。背後にはあの「大塩平八郎」が隠れているそうです。
落語ファンにはお馴染みの玉造の「猫間川」についての記事にその名前が出てきました。なかなかおもしろいですよ。
「よろかん」はこの人の子孫なのかもしれませんね。

http://www.occn.zaq.ne.jp/ringo-do/tanken_tenpo.htm

崇徳院とは直接関係ないですけど、ご参考までに。

ピーマさんへ

こんにちは。
「よろかん」さんのこと、
すっかり忘れてました(><)
折角もずさんから教えてもらっていたのに…。
コメありがとうございました。

それから、
青字の部分、追記しています。
(まだ書いたんかい!)
崇徳院リレーの最終走者ピーマさんに
大感謝です。

間がいいソング

話がどんどんマニアックになっていくのをお許し下さい。熊五郎が歌う「嫌だ嫌だよハイカラさんはいやだ」は、明治時代の俗曲「間がいいソング」だそうです。「間がいい」はその頃の流行り文句だったらしく、明治の人といっても、そんなに現代人と隔絶した存在でなかったことがよくわかります。

こちらで試聴もできますので、しばし、明治の風情に浸ってみてください。落語「崇徳院」の世界観に、また一歩踏み込めるかもしれませんよ。

http://sasakimikie.seesaa.net/article/127988577.html

更に「よろかん」について

大変、ひつこくて(標準語ではしつこくて)申し訳ございません。いままでさんざ、「よろかん」を検索していて、ひとつの仮説にたどり着きましたので、ここで発表をさせていただきます。
そもそも、本当に「よろかん」なのか?というのが一つの疑問、これだけ検索しても、萬屋で「かん」の字のつく当主の名前が出てきません。
あるサイトで大阪弁で「うどんをうろんといい、ダ行がラ行に置き換わる」というのを見て、これは「淀屋」ではないかと直感しました。
「鴻池」と「淀屋」であれば申し分のないライバル同士です。更に講談ネタで落語でも有名な、木津の勘助が居るではありませんか。
勘助は淀屋の娘を嫁にもらっています。淀屋の勘助「よどかん」もあるのかなと。ただ、なぜ玉造なのかは未だ不明です。
こういうこと調べ始めると止まらん。甲子園でどっぷり疲れて変えてきたというのに、どうにかならんかなあ、この性格。

ピーマさんへ2

 間がいいソング、教えていただき有難うございました。^^ 何でハイカラさんが嫌なのか、よく分からなかったのですが(それほど流行したということなんでしょうけれども)、なるほど髪型がサザエのつぼ焼きとは、恐れ入りました。
 それから「よろかん」についても、新たな仮説有難うございます。「よろかん」という言葉は、速記本に載っているので、本当にそのように発音しているようですが、「淀勘」さんなら、いいですね。ここまで来たらなら思い切って落語研究をしている先生に手紙を出したほうがいいのかもしれません(^^;)<豊田先生とか…

懐かしく拝見しました!

追記をされたとのことで再訪しました。よろかんの件を書かはったんやね。なんかこういう、クダクダしたのん好きですわ(笑)もう3年以上前からやってたなんて、懐かしくもあります。
久しぶりに、百生の崇徳院聴いてみたくなりました。ついでに景清も( ̄▽ ̄)

ありがとうございます

ぴーまさんへ

こんなに長い記事を、また読んでくれたんですね。
よろかんの件もそうですが、
この記事にはYou Tubeのことも、
音源の収録年も何も書いてなかったので、
新たに追記しました。

音源をくれた若旦那さんのお店へ
お礼を言いに行ったのも懐かしいです。
プロフィール

湖涼

Author:湖涼
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