幾代餅

『馬生集成 第二巻』の
「幾代餅」がハンパなく面白いです。
やばい!
もう一度読もう!
と思って、寝る前に目を通しました。
すると、もの凄いことに気がつきました。

これって、「宇治の柴舟」やん!




恋患いネタの冒頭って、
内容がかぶる確率が高いのでしょうか。

桂 文屋作の「宇治の柴舟」は、
崇徳院の冒頭をヒントに作られたものだと
そう思っていました。

でも、もしかしたら、
文屋が「幾代餅」を読んで、これいいな!
って思った可能性もあるのではないかと。


「幾代餅」の冒頭は、
職人の頭と、そのお上さん、職人の若衆が登場し、
その若衆が恋患いになっています。
患ったきっかけは、花魁の絵を見たこと。

「宇治の柴舟」の冒頭は、
旦那と、熊五郎と、若旦那が登場し、
若旦那が恋患いになっています。
患ったきっかけは、展覧会の美人画を見たこと。


「宇治の柴舟」では、
熊五郎が、若旦那に“病気の元”を
尋ねるのですが、
「幾代餅」では、
お上さんが、住み込みの若い職人若衆に、
“病気の元”を尋ねます。

話の流れとしては、
お上さんが若衆に尋ねる方が自然に感じますね。
 熊五郎が尋ねに行くと、どうしても、
若旦那と昔馴染だとか馬が合うとか、
そういう設定を持ち出さないといけないので、
ちょっとこの辺が、
言い訳っぽく聞こえる時があります。

話はやや脱線しますが、
古い松鶴型の熊五郎が、崇徳院の歌を覚えており、
若旦那がお嬢さんに惚れた成り行きも記憶出来ているのは、
熊五郎が昔、「番頭」というキャラであった
名残ではないかと思います。

東京の「皿屋」を読むと、
道中、大声で崇徳院の歌を叫ぶ場面がありません。
上方の「崇徳院」も昔そうだったのでは、と。
 ところが、道中で歌を叫ぶくすぐりが出てくると、
番頭には不釣合いな場面になります。
(黙って人探しをしていたという設定が出てくるため)
ここで、熊五郎が出てきたのではないでしょうか。


 話を元に戻します(^^;)
絵の女性に恋してしまう話って、
民話でもありそうなんですが、
東京の落語では「幾代餅」が有名みたいです。


「幾代餅」と「宇治の柴舟」の共通点は、
絵の女性に恋患いするという設定だけではありません。
幾代餅に出てくる、お上さんが、
寝込んでいる若衆に対して、
恋患いの相手を、○○ちゃんでしょう?
と、次々に言っていきます。
この場面は、「宇治の柴舟」にも出てきます。
(東京の「皿屋」にも出てきます)
この辺はどうも、
東京の影響を受けたように感じるのですが…。


「宇治の柴舟」の冒頭だけを見てみると、
「幾代餅」の登場人物に、「崇徳院」の登場人物を、
当てはめたものになってます。
ただ、文屋が「幾代餅」を読んだということは、
分かりませんし、
絵に恋患いをする、という設定は、
他の噺や民話にも出てきそうなものです。
 肉付け部分を見ると、文屋か、後の時代の噺家さんか
分かりませんが、相当な創作力を持っていたという事が
分かります。

若旦那と熊五郎が、
宇治に旅行へ出かけるというくだりから、
文屋の完全な創作になるのでしょうか。
(若しくは他にモチーフがあったか)。



更に、馬生の「幾代餅」、
東京の「崇徳院」でもお馴染みのくすぐりが
存在します。
若衆は自分の病気を知っているのですが、
それを中々言おうとしません。
「お上さん、笑うから」
「笑わないよ」
「じゃあ言いますが、…恋患いなんです」
「ブーッ」
「やっぱり笑った!」


上方の「崇徳院」では、
若旦那が、熊五郎に対して、
「お前、笑うやろ」と言って、中々
言おうとせず、
熊五郎は、「じゃあ難しい顔しときます」
と言い、
言おうとしている若旦那が思い出し笑いをする、
という、くすぐりになっています。
熊五郎が吹き出すことはありません。


この場面は、
明治大正期の上方の「崇徳院」にはない、
くだりです。
若旦那が、いともあっさりと、
熊五郎に恋患いの内容を話してしまいます。
 戦後、五代目松鶴の「崇徳院」になると、
若旦那は話すのに、ためらいを見せます。
「必ず笑(わろ)てなや」
笑うなよ、と熊五郎に釘を刺し、
熊五郎は
「笑えしまへん、怒ります」
と。(漫才みたい^^;)
 現在では、
「笑うやろ?」と、
若旦那が熊五郎に言っています。
ここまでは、東京と一緒ですが、
上方の熊五郎は、吹き出して笑いません。


どうも、熊五郎が吹き出して笑う場面は、
三代目桂三木助の「崇徳院」で、
有名になった感じがします。
 彼より年上の志ん生の「幾代餅」では、
吹き出すところが無かったように思うのですが。
(ショートバージョンしか聴いていない所為?)
※追記
吹き出してはいないが、笑う笑わないの
くすぐりは存在する。

三木助より年下の馬生さんは、
吹き出すくすぐりが入ってます。

三木助より年上の松鶴の時代に、
既に「崇徳院」の中で、
若旦那が告白する前に「笑う笑わない」の
くすぐりはあるのですが、
それを飛躍させたのが、三木助なのかな、と。
 さらに三木助の「崇徳院」を聴いた
米朝さんが、
熊五郎は、吹き出して笑わないけれども、
「笑うやろ?」という台詞を、
若旦那に言わせたとか(想像)。



落語「崇徳院」が、現在の形に到るまで、
色々な過程を辿っているので、
新しい発見があるたびに、ワクワクします。


明治大正期の上方の「崇徳院」は、
もの凄く内容が短いんですね。
物足りないと思われる部分を、
東京から移植したり、上方の噺家さんが工夫して、
現在の形にまで膨らませています。


どの落語も、大なり小なり、
東西の交流を得て、
現在の形になっているような気がします。

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幾代餅

関西では文太師しか幾代餅は聞きませんね。
文太師はNHKでやっていましたが、上の赤字の場面がありましたよ。
2月の寺西家でまた文太師がかけるみたいです。

2月に!

こんにちは。
文太さんの持ちネタとは知っていましたが、まさか2月に聴けるチャンスが訪れるとは。紅雀さんの落語会とかぶりませんように! 情報、有難うございます(^^)。昔の上方の噺家さんがスルーした東京のくすぐりを文太さんがどのように演じるのか見てみたいです。
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