酢どうふ(八代目桂文楽)

『昭和戦前傑作落語全集(一)』(講談社)に載っている、
「酢どうふ」がとても面白かったです。
口演は、八代目文楽。
十八番にしていたとか。

「酢どうふ(豆腐)」は、上方でいう「ちりとてちん」ですが、
東京と上方を行ったり来たりして、中々複雑な過程を経ています。
八代目文楽の「酢どうふ」も、
私が吉弥さんで聴いた「ちりとてちん」とは、
大分設定が異なり、大変興味深いです。



東京の「酢どうふ」(八代目文楽)
・若い男たちが酒のアテを探してワイワイやっている
・ぬか漬けが候補に出るも、誰もぬか漬けの桶に手を入れたがらない
(手がくさくなる、爪に挟まるなど言い訳が若者くさくて笑える)
・通りかかった仲間に女の話題をふっかけ、おだてて気分を良くさせる
・ぬか漬けを出してくれとお願いすると、金を出すから勘弁してくれと逃げられた
・急に「そういえば豆腐があったろう」と話題が変わる
・与太郎が腐らしてしまった
・近所で評判の?キザな若旦那が通りかかる
・おだてて「この料理は何でしょう」と尋ね、ついに食べさしてしまう

上方の「ちりとてちん」
・年上の男が年下の男を呼んで、家でご馳走を食べさせる
・ぬか漬けのくだりは無い
・年下の男(吉弥さんだと喜六)は、ただ酒とあって、ご馳走を褒めちぎる
・そこへ嫌な男が通りかかる(何を言っても逆さまの事を言う天邪鬼)
・おだてて「この料理は何でしょう」と尋ね、ついに食べさしてしまう

上方の場合、ご馳走におべんちゃらを言う「喜六」と、
何を食べさせてもけなしてしまう男という対比が話の構成になっています。
一方、
東京の(一概に言えないので八代目文楽の)場合、
酒のアテを探す若い男達のえじきとなる人間が二人います。
一人目は仲間内の男(女にもてるとおだててぬか漬けを取ってもらうとするもお金を置いて逃げる)。
二人目は近所の若旦那(自称女にもてる)。
 二人目の若旦那のくだりは、上方と設定が違うだけで、
嫌な奴をぎゃふんと言わせたいという思惑は同じです。
面白いのは、一人目。
おだて方が用意周到すぎて笑えます。
小間物屋の“みい坊”がお前の事を噂していた、と。
(くしゃみ講釈も「小間物屋のみっちゃん」でしたね)
その“みい坊”の惚れ方が一通りではないんです。
(若い男たちがあえて脚色した可能性も考えられますが)

以下抜粋。
半「ヤア大勢集まっているな」
乙「今一杯やろうと相談しているんだ、寄っておいでよ」
半「又来よう、今日はちっと急ぐから」
乙「急ぐったって友達じゃァねえか、大勢集まっているんだ、一ぺえやって行きな、友達の交際(つきあい)だ」
半「寄りてえけれども、野暮用で交際(つきあ)えねえ、又の御縁に…」
乙「浪花節みたような断りようをするな。そうか、無理に止めてもいけねえや。忙しい所を呼び入れるでもねえ、行っておいで。だが半公、手前(てめえ)はいつも様子がいいぜ、近所の女の子をあんまり迷わせるな。横丁の小間物屋のみい坊が馬鹿な惚れ方をしているぜ。アゝ惚れるものじゃァねえ、おみよさんに何とかいい挨拶をしてやれ、死んじまうぞ、焦がれ死にをするぞ。色男、罪つくり、女殺し、色魔、行っておいで」
半「エヘッヘ、今日は」
乙「オゝ、オゝ入って来やァがった、だめだよ、入って来ちゃァ。お前(めえ)忙しい用があるというんじゃァねえか、急ぎの用をしたらよかろう」
半「急ぎという訳じゃァねえが、とにかく小間物屋の…」
乙「嫌なやつだなこいつ、女の事をいうと、相恰(そうごう)崩していやァがる」
半「へゝッ、オイみい坊、何か乃公(おれ)のことを言ってたかい」
乙「嫌なやつだなこいつは。オイ、こういう乙(おつ)な話があるんだ、二三日前に蒸暑くるしい晩があったろう。横丁の菓子屋の縁台であのみい坊としばらく話をしたんだ。そこでお前(めえ)の話が出たんだ、人情というものは妙なものだ、みい坊がお前(めえ)のことをいやにほめるんだ。乃公(おれ)達もそばで聞いていてあまりいい心地はしなかろう」
半「フーンなるほどもっともです。フゝッ御同情いたします」
乙「オヤかたづけていやァがる。御同情と来やァがったな…どうしたんだみい坊、さては何だな、お前(めえ)は半公に岡惚れをしているなと、乃公(おれ)が一本トーンと釘を差したと思いな。真っ赤な顔でもするかと思うと澄ましたものだ。熊さん、私が半ちゃんに岡惚れをしたら、お前さんどうする気なのとドーンと一発喰らってしまった」
半「ハッ、ハッ、ハッ」
乙「オヤッ、こん畜生、そっくり返ってしまやァがった…(略)」

この後、みい坊が男らしいと言っていたとおだてて、ぬか味噌の古漬けを取ってくれるようお願いをします。半公は「俺は男らしい」といばっていただけに、引くに引けなくなって、お金を置いて逃げます。男たちは、追いはぎ状態(笑)。これっぽっちで高い酒が飲めると思うなと言い張って、追い出します。
乙「オーイ半公、今度ね、あの糸屋のおたっちゃんが…」
半「巫山戯(ふざけ)るな、その手を食うかい」(以下続くが省略)

(講談倶楽部 昭和2年9月号 掲載)


ここは、今の東京でも演じられているのでしょうか。
無くしてしまうには、惜しい部分だと思います。
解説に、
「全般的に、簡略化されていない部分が残されてはいるものの、大筋においてわれわれが耳にした晩年の『酢どうふ』との異同はない。」
とあります。現在では、語られなくなった部分が、
昭和2年の八代目文楽の高座にはあるようなのです。
 文楽の「酢どうふ」は、酢豆腐を食べさせる場面よりも、
女にもてる男をおだててお金を巻き上げる場面の方が肝のような気がします。
上方の「ちりとてちん」は、食べる直前が山場かなと思います。


歴史
・1773年、大坂で『軽口太平楽』(本)が発行。その中に「酢豆腐」という一遍あり
・初代柳家小せん(明治16年・1883-大正8年・1919)(東京の噺家)が落語として完成させる
・8代目桂文楽(明治25年・1892 - 昭和46年・1971年)が東京で「酢どうふ」を十八番とする。
・柳家小はん(明治6年・1873年 -昭和28年・1953年)が上方へ行き「酢豆腐」を改作。
 これが「ちりとてちん」
(※小はんは明治18年生まれの説もある。小せんが3番弟子で、10才年上の小はんが12番弟子なのは不自然)
→大阪に輸入(小はんが上方にいたので)、初代桂春團治(明治11年・1878-昭和9年・1934)が得意とした。
・「ちりとてちん」は東京に逆輸入され、五代目柳家小さん、桂文朝等が使っていたのをはじめ、
 現在では、柳家さん喬や柳家花緑らも演じており、東京の寄席でもなじみの噺になっている
・現在の「ちりとてちん」は三代目桂南光(1951-)が仕立て直した
以上、wikiに載っていることを整理しました。

東京の噺家さんが「ちりとてちん」をするということは、「酢豆腐」よりも魅力的だと感じたのかな?
上方よりも噺家人口が多いと聞きますが、「酢豆腐」が絶えませんように。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

湖涼

Author:湖涼
ブログ管理人(湖涼)の連絡先
jaimo.koryou★gmail.com (★を@に変えて下さい)
@koryou_ツイッターです。
2つのアクセスランキングに参加しています。
にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 落語へ
↑にほんブログ村

最新記事
最新コメント
リンク
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
月別アーカイブ