千朝の落語を聴く会

2011年6月4日(土)梅田・太融寺

笑福亭 呂竹 「色事根問」
桂 千朝   「八五郎坊主」
笑福亭 枝鶴 「蛇含草」
桂 千朝   「崇徳院」

崇徳院をお目当てに行ってきました(^O^)
9割方、席は埋まっていたように思います。


もずさんから、会場で某プレミアムチケットを頂戴しました。チケット代に加えて交通費の半分も受け取ってもらえて、ほっとひと息。断るなら、堺の銘菓を渡しますと言っていたので(脅しか)、折れてくれました。お金を持っていないのに、おごられるのが苦手なんです。けっこう前の方の席に座れました。雀の学校の会よりも、だいぶ広いです。太融寺にこんな部屋があったんですね。倍くらいお客さんが入れるようにしているように感じました。もずさんとああだこうだと話している内に、前の席のおじさまが席を移動されていて(汗)、おしゃべりがうるさかったのかなと反省。。演者さんが怖いくらい見やすかったです…。


 呂竹(ろちく)さんは、初めて見る噺家さん。剃髪した若いお坊さんのよう。どことなく品があって、好感が持てる高座でした。もう少し主人公のもてないオーラが必要かな。こつこつ貯めたお金の額を、言うのにためらって出し惜しみしている所などは、お客さんに「もしかして相当貯めてるのかな」と思わせるくらい熱のこもった演技が必要です。蛍踊りは聴いていて、げっと思わなかったので、それならいっそのこと、家を燃やすところまで行って欲しかったです。


 千朝さん、マクラは上方の噺家が250人を超えたとか、そういう話から(300人だっけ?)。警官が増えたと聞けば、治安が良くなると、ほっとしますが、噺家が増えたと聞くと「ええんかいな」と不安になってしまう、と。それから、上方の四天王のものまねを少し。6代目松鶴さんの電話伝説の一端と、3代目春團治さんの声色と羽織を脱ぐ真似を、文枝さんのモノマネと、最後は米朝さん。ご自身の師なので、遠慮なしのモノマネ(笑)。「こ難しい顔して話すでしょ、ドブにはまった銀行員のような」と、渋い顔をして右の髪を素早くかき上げる仕草。似てる~!(一度しか米朝さんのDVDを見ていないのにそう思いました)。本題は「八五郎坊主」。枝雀さんのCDで大好きになった噺です(3回くらい寝たくせに…)。枝雀さんのテキストをベースに、千朝さんの言葉で少し言い替えがあったように思います。八五郎はガラが悪いので、品のある千朝さん、上手くやれるのかなと聴く前は思っていましたが、杞憂でした。言葉遣いこそ荒っぽくないものの、八五郎の悪戯好きで枠にはまらない内面が上手く表れていたように思います。惜しい、と思ったのは、お坊さんの「(手紙の)文末に『この男少々愚かしい』とあります」という台詞を聞いて、八五郎が嬉しそうに「それがわての自慢で。嘘やと思うなら、そこらの人に訊いてくれ」と言い、お坊さんが絶妙の間で「嘘じゃとは思うておらん」と。ここは、もう少しまったりと言って欲しかったです。細かくてすみません。お坊さんの浮世離れした口調が最も生きてくる場面だと思うのです。剃髪して、池に映った自分の顔を見て八五郎が「むちゃくちゃになってもうた」と嘆く場面は可笑しかったです。お坊さんとのやり取りが面白くて。八五郎は分かっていて、そういう事を言っているのかなと思ってしまいました。サゲは、八五郎が自分の法名を「麻疹(はしか)や」と言うものでした。直前の「のりかすか?」という台詞が無かったように思うのですが、記憶違いかもしれません。


 枝鶴(しかく)さん、初めて見る噺家さんです。ちょっとこわおもて?春雨さんを思い出しました。昔の噺家さんっぽいオーラを感じます。千朝さんの会のゲスト枠はいつも中堅どころの噺家さんが多いように思います。(30代から40前半くらいで、千朝さんとは対照的に激しく動き回るタイプの噺家さん)。この日は、枝鶴さん、千朝さんの一つ年下というベテランの噺家さんです。千朝さんとは若手の頃、一緒に落語会に出る機会もあったとか。昔、千里に「繁昌亭」という寄席があったそうです。そこは会が終わると、客席だった座敷の間に一升瓶の酒を2本くらい置いて、車座になって打ち上げをしていたとか。そうなると若手は余興をやれと先輩方に言われるそうで。吉朝さんと千朝さんが漫才のモノマネをして、もの凄く受けていたという話をしてました。しかも、目の前にいる先輩の噺家さんのモノマネも媚びる事無くして、大笑いを取っていたとか。「蛇含草」は、枝雀さんのCDで一度だけ聴いたことがありますが、もの凄く怖かったです。お餅をぱくぱく食べる所とか、後でどれだけお腹がふくれるんやろと想像するだけでぞっとしました。隣にいたもずさんは「たぶん、お餅は出てこないですよ」と。えっと思ったら、何とお餅の代わりに素麺が出てきました。素麺だと、お餅ほどお腹が膨れるイメージはありませんから、枝雀さんのCDよりもずっと安心して聴けまし、楽しかったです。「ニワ素麺」とか「揖保のヒモ」とか(笑)。サーカスのブランコのように素麺を揺らして食べる場面があって、驚きました。これはお餅では出来ませんね。枝鶴さんの世界観がふわ~っと広がるような高座でした。主人公のお腹がパンパンになって降参する場面、友人が謝る場面が良かったです。大きなお腹を抱えて家に帰ったので、玄関に上がれない主人公。「手を引いて寝間まで連れて行ってくれ、布団を敷いてくれ」と奥さんに言うと、奥さんが「そんな、昼間から」と勘違いする場面が面白かったです。これは枝雀さんのCDにはありませんでした。少し気になったのは、初めて素麺を食べる場面で、殆ど噛まずに飲み込んだように見えました。私の母も素麺は「飲み物」で殆ど噛まずに食べるのがおいしいと言いますが、リアリティを出すのにせめて一口は噛んでもらいたかったように思います。それから徐々に噛まずに食べ出すというのはアリかなと思うのですが。主人公は早食い大会で優勝したほどの人だから、噛むのは不自然なのかな。他の食べている場面は、そんなに違和感を覚えなかったのですが。


 中入りなしで、千朝さん。枝鶴さんの昔話の補足を少し。枝鶴さんは、私の事を人間パチンコ(一人パチンコ台に向って、おじさんが負けていく様…顔が険しくなる様を描くモノマネ)がとても上手だと褒めてくれましたが、誰かと勘違いされているのではと。青空テントさんではないかと言いました。「青空テントさん」と言ったのは、何かの冗談だったのか、客席から笑い声が。今調べたら、「くもの戦い」で有名なテントさんが出てきました。苗字が“青空”だったんですね。人間パチンコは、テントさんの「パチンコ台」そのもののモノマネだそうです。「よせぴっ」でテントさんの会をたまに見かけることがあるので、ツチノコ芸人は言い過ぎではないかなと(^^;)。
 マクラはあっさり終わって、本題「崇徳院」へ。見台ありで、サゲは「一対の夫婦ができました」。サゲ以外は、殆ど米朝さんの崇徳院テキストですが、仕草が「佐々木裁き」のサンゾウを思わせるコミカルな動きを見せたりと、千朝さんの「古典派」のイメージをやや覆す内容でした。ご本人は元々そういう意識は持っていないのかもしれませんね。暮れ方、熊五郎が母屋に帰ってきて、旦那さんが喜ぶ場面では「オーーーッ熊さん!」と、拳を握り締めて、顔はオーの形に縦長になってました(笑)。旦さんの余りの喜びぶりにお客さんも大笑い。それから、熊さんが出かける直前、お上さんに「日本人なら分かるはずや、今は縦横十文字に道が引いたある、大阪で分からなかったら京都、京都で分からなんだら名古屋…(略)」と無茶を言われて、旦さんと同じように言うな、と熊はん、勢い余ってお上さんの頭?をパンと叩いて出かけてしまいました。お上さんをはたいてしまう熊さんを見たのは初めてです。お客さんも驚きつつ笑っていました。それから、熊さんが一軒目の床屋で、お嬢さんの父親と思しき客に、「年のころなら、十七、八?」と聞いたところ、まだ「六つです(七つだったかな?)」という返事に、熊さん、「やれやれ」という両手を肩近くまで上げて、肩をすくめるというアメリカ人のジェスチャーをしました。この場面は、熊五郎が遠い目をして「せをはやみ~」と歌うところですが、こういう工夫は初めて見ましたし、変な違和感も覚えなくて、何かとても貴重な一瞬を見たような気がしました。

※感想は、2011年6月12日に書き終えました
※※千朝さんの崇徳院について詳しい感想を述べた記事があります。

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